「映画でくつろぐ夜。」 第132夜
知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。
「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」
自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。
■■本日の作品■■
『ウィッチ』(2015年)
『ザリガニが鳴くところ』(2022年)
※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。
魔女と、男女の安易な二項対立について
わたしは色々な二項対立にいつも違和感があって、人間がたった二種類に区別され得るわけがないと思っている。確かに究極に近づくほど、象徴的な存在になっていくだろうけれど、その合間にはグラデーションがあって、そこを無理やり区切ろうとしたら無理が生じてしまうはずだ。
例えば、男性が女性を下に扱うのは架空の思い込みを拠り所にしており、男性の方が「知的」で「現実主義」で「論理的」であるといった前提が持たれやすい。同程度やそれを上回る女性が大勢いるのは、今や明瞭なことだと思うが、いまだに女性は「ヒステリック」で「感情」を優先し、「非論理的」であると括る映画がある。特に森を舞台にして、野性味を重んじていたり、魔女を作り出したりするホラーは、いま流行しているジャンルだ。
まず思い浮かぶのがロバート・エガース監督の『ウィッチ』だ。これは17世紀のピューリタンの家族で、父親は入植地の教会と教条的な違いで対立し、村を追われて家族が孤立した生活を強いられることに始まる。父は明らかに狂信的なのだが、家庭内においては彼が法律であり、女性は逆らうことができない。彼ら一家には、破滅へ一直線に向かうように不幸が相次ぐ。そのため主人公の、5人姉弟の長女であるトマシンは、父から魔女だと思い込まれてしまう。家にいられなくなったトマシンが森にさまよいこむと、そこでは全裸の魔女たちが解放され、楽し気にしている。
本作以降、森と女性性を結びつける映画が徐々に増えていった気がする。鬱蒼とした森と共鳴する女は、人間社会とは異なる自然界の知恵を手に入れる。森が本来の彼女たちの揺籃の地のように表現され、そこでは薬草で様々な薬を作ったり、不思議な存在と取引し妖術を身に付けたりする。歴史的にも、妊娠や出産という神秘的な作業に携わる産婆たちは、薬草で作った痛み止めや止血剤を用いるため、魔女だと断罪されることがあった。そして時々、魔女と呼ばれる女たちは、森に踏み込んだ男性がその野性味に惹かれて男女の関係になったりもする。
クロエ・ジャオ監督の『ハムネット』は、シェイクスピアと妻アン・ハサウェイ(映画ではアグネス)をモデルにした、大胆なフィクションだ。アグネスは森の中で、半ば自然児として育ってきた女性だ。シェイクスピアはそんな彼女の個性の強さに惹かれていた。アグネスは普段から植物を用いて薬を作り、予知能力のようなものも持っているし、陣痛が来ると、わざわざ森の大樹にできたウロに来て自力で出産する。夫のシェイクスピアは自分にふさわしい仕事を求めて、ロンドンへ単身出張し、劇作家・演出家として著名になっていく。彼はアグネスが森から離れないと理解していて、子どもが病死した後もすぐにロンドンへ戻ってしまう。男性である彼は、もうひとつの家族と言える劇団員を抱えているから、公演もないがしろに出来ないのだ。
『ナイトボーン -夜哭-』も出産と不気味な赤ん坊にまつわる話だ。フィンランド出身の ハンナ・ベルイホルム監督らしく、北欧神話に基づいている。主人公のサーガは愛する夫と共に、森に新居を構える。森で夫と愛し合ったことで妊娠したサーガは出産をする。しかし赤ん坊はかなり大きくて毛が生えており、母乳を与えようとすると、サーガの乳首に齧りついて傷だらけにし、乳より生肉や血を求めるようになる。そしてサーガも次第に森へと回帰していく。
一番最近観た作品では、今年公開されたオズグッド・パーキンス監督の『KEEPER キーパー』もそうだった。これは200年に渡る、森で生きる魔女と、彼女を虐待した男性との巡り巡った復讐劇である。また森というより湿地帯だが、『ザリガニが鳴くところ』(オリビア・ニューマン監督)の“湿地の娘”と呼ばれるカイアも、幼い頃から一人で生き抜いてきた女性だ。彼女は湿地帯の動植物に精通していて、それは初恋の男性に文字を教わって渉猟するようになったことから、学者として花開く。しかし大人になっても、相変わらず町の人々からは差別され、名前ではなく“湿地の娘”や“魔女”と呼ばれている。
意外にも女性監督が多いが、その場合は恋愛対象の男性が、自然と共鳴する女性を尊重する傾向がある。映画で女性性を強調する時、森や湿地という大自然と本能的に通じ合う描写はわかりやすい。一般的な人間とは原始的な能力を失った存在でもあって、その原始性を保ったままの女性は、動物に近い本能を体内に持っているとも言える。そんな非文明的な女性は魔女と呼ばれて、個性付けにもなりホラーやミステリーの恰好な主人公になりやすい。作り手の女性たちも、自分自身の足で地面に立っているようなこれらの主人公に、共鳴しやすいのだろうか。
<オススメの作品>
『ウィッチ』(2015年)
『ウィッチ』
監督:ロバート・エガース
出演者:アニャ・テイラー=ジョイ/ラルフ・アイネソン/ケイト・ディッキー/ハーヴェイ・スクリームショー/ジュリアン・リッチングス/エリー・グレインジャー/サラ・スティーヴンス
アニャ・テイラー=ジョイ主演。アニャが演じるトマシンは、双子の弟妹からウザ絡みをされ、ちょっとした悪戯心で「わたしは魔女だ」と言って2人を怖がらせて憂さ晴らしをする。だがピューリタンの家族の間にこの冗談は通じない。瞬く間にトマシンは、両親からも魔女として嫌悪される存在になってしまう。村を追われ、作物の育たない土地に一家族だけで暮らす閉塞感は、崩壊以外の先行きが見えない。
『ザリガニが鳴くところ』(2022年)
『ザリガニが鳴くところ』
監督:オリビア・ニューマン
出演者:デイジー・エドガー=ジョーンズ/テイラー・ジョン・スミス/ハリス・ディキンソン/マイケル・ハイアット/スターリング・メイサー・Jr/デヴィッド・ストラザーン/ギャレット・ディラハント
ディーリア・オーウェンズの大ヒットした同名ミステリー小説の映像化。ノースカロライナ州の湿地帯に暮らす一家。父親が暴力を振るうため、母や兄姉たちは家を去っていき、最終的にカイアは家に一人取り残される。苦労して大人になった今、ある男を殺害した容疑で裁判にかけられている。陪審員は彼女を差別してきた街の人々だ。女性が都市と分断した非文明的な場所に生きながら、自力で叡智を身につける知的探索の話でもある。
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