散歩 this way 2 -04-
得難い世界観で溢れる音と歌詞が、音楽ファンから注目を集めているシンガーソングライター/詩人の柴田聡子が綴るエッセイ。
テーマは趣味であるという「散歩」。本人が実際に撮影した写真とともにお楽しみください。
「あなたの地元散歩」
先日、散友(散歩友達)の地元に遊びに行った。東京からそう遠くはない海べりの街。約束の日に行きたかった美術館は休みで、じゃあどこか海か林に行きたいのだが……と相談すると、散友の地元にある散友激推し海浜公園と私たちの海のお馴染み・逗子、都心の穴場の芝生を挙げてくれた。逗子も芝生も大好きだけれども、とにかく地元の海浜公園が気になった。ぜひその海浜公園に行きたいと伝え、以前自分のグッズとして作った折りたたみ椅子をひさしぶりにたずさえて出発。
散友の地元駅に降りると散友がバカンスのようないでたちで待っていた。なんでもある、という気持ちになる駅で、銀だこ、サブウェイなどが揃っているのもグッとくる。なんでも売ってそうなパン屋でそれぞれふたつずつ好きなのを買ってバスに乗り込み海辺の公園を目指した。パン屋ではどうしてもこしあんぱんを買ってしまう。
埋め立てで出来た土地に南国調の樹木が立ち並ぶ。背の低い建物が多いせいか空が広く、道路も大きくて開放感がありすごく気持ちがいい。ずいぶん前に訪れたことがあったものの、その時の記憶はおぼろげ。年を取って自分のからだがいろいろな不快に耐えられなくなってきて、一瞬一瞬の気持ちよさに敏感になっているせいで余計に気持ちよさに拍車がかかったようにも思う。バスの乗客はだんだんいなくなって、ついにふたりきりになって公園に着いた。
防波堤越しに広がる東京湾。広がる野っ原、そして林があった。漠然と求め続けた海と林があり、散友のセレクションを大拍手で称えた。ほとんど人がいない。ちょうどいい日陰に入り、散友が持ってきてくれた簡単なテントを張って、ふたりとも折りたたみ椅子を組み立て腰を下ろす。そよそよと吹く海風は異次元の心地良さ。ここはどこかわからなくなる。まわりは南国風だし。あなたはどうしてこんな場所を知っているのか。生まれ育ったのか。とはいえ嗅覚が鋭い。さらに散友の審美眼を褒め称える。
散友が「ここに友達と来るのが夢だった」と口にした。食べかけのパンを思わず手から落としそうになった。このそよそよ最高潮の中でそよそよとそんなこと言ってくれるなんて。この瞬間をタトゥーにしてこの胸に実際に刻みつけなくてどうする。この場所のこの感覚をある日見つけて、こうして時折この場所を楽しんでいた散友の姿と時間を想像して幸福がからだに満ちていく。散友の小さな頃にまで気持ちが飛んでいく。この人はここで育って今に至るんだ。
だれかの地元を訪れると、その人の人となりについて自然と納得するようなことがあって面白いといつも思う。ああ、たしかにこの海を見ていた感じがするなとか、たしかにこの公園を歩いていた感じがするなと、いろいろな時期のその人がこの地元で過ごしている姿を想像する時間にはなんともいえない充実感がある。
お手洗いに行きがてら東京湾を覗く。「波間のキラキラは見ても見ても飽きない」と散友が言う。前から同じようなことを聞いていたはずだった。しかし具体的にはこの海の波間のことを言っていたんだとわかると一気に散友の「海」への理解が深まりうれしくなった。
散友が「魚が跳ねるのを誰かと見るのが夢だった」と言うのでなんとか叶えようとふたりでじっと波間を見つめた。それぞれに「あっ!」と魚を見つけるものの、こりゃふたり同時はとても無理じゃないでしょうか!?と疑問をぶつけると、それぞれ見たらそれで夢叶ったということで良いとおおらかにルールをゆるめてくれて助かった。また夢が叶った。
実に6時間近く、私たちは林の木陰で座っていておたがいにびっくりした。帰りは駅まで散歩して、この道を散友は歩いてきた、今も歩いているんだなと感慨深く、話はいつまでも絶えなかった。



