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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第86夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『アンカット・ダイヤモンド』(19年)
『フレンチ・コネクション』(71年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

殺伐とした70~80年代のニューヨークを舞台にした映画

11月8日(金)から、ウィリアム・フリードキン監督の『クルージング』(80年)が全国順次公開される。これは70年代に、実際にニューヨークで起こったゲイ男性を狙った連続バラバラ殺人事件、通称「バッグ・マーターズ」事件に着想を得ており、刑事のアル・パチーノが、ゲイコミュニティに潜入捜査を試みるという物語だ。エイズが問題になる直前の時期とあって、映画が捉えた実際のゲイ専用のクラブでは、欲望を露わにした独特な世界が広がる。

この「バッグ・マーターズ」事件は証拠不十分で未解決に終わったが、犯人と目された人物がいた。ある殺人容疑で拘置所にいた男が、自分こそが「バッグ・マーターズ」の犯人だと吹聴していたのだ。それは、フリードキンの『エクソシスト』(73年)に放射線科の看護師として出演していた、ポール・ベイトソンという青年だった。映画の出演後に殺人鬼へと変貌した男がいたというのも、まさにフリードキン監督らしい奇跡的な逸話だ。フリードキンは『クルージング』の制作にあたって、もちろん刑務所のベイトソンにも取材を行っている。このインタビュー中にベイトソンは犯行を認めたが、その後一転してすべての発言を否認している。

『クルージング』は好奇心で語られがちだが、ニューヨークという人の出入りの激しい街で、人間が隠し持つパーソナルな側面が大きく関わる殺人であり、捜査が難しく警察は犯人の目星がつかない苛立ちが募っていく。また、実際に当時はこの連続殺人に限らず、同性愛者が被害者となった殺傷事件では、検挙率が低く捜査が軽視される傾向があった。『クルージング』は少なからぬ性的属性の人々の存在と、死の恐怖を味わう不条理から救われるべき人権を明らかにする。しかしそれが日の下に晒されることで、さらにマイノリティへの差別や攻撃性を招くという諸刃の剣の可能性もあった。この齟齬の解決は難しいが、映画としてはエイズ前夜のゲイカルチャーの記録として、重要な作品であると思う。

この秋は11月16日(土)から、女性監督ベット・ゴードンの特集も開催される。当時ニューヨークの音楽界で起こったノーウェイブと呼応するような、女性目線からの乾いていて大胆な内容が特徴だ。舞台はやはりニューヨークのアンダーグラウンドで、反逆的なフェミニズムは一見、真面目なフェミニストを怒らせるものかもしれない。メインの長編映画『ヴァラエティ』は、ポルノ映画館ヴァラエティのモギリとして働く女性が主人公だ。とはいえ決してどぎつい内容ではなく、「追う/追われる」を巡って、男女の立場の逆転を描いた作品で非常に興味深い。 『ヴァラエティ』に助演で出演するのは世界的写真家となったナン・ゴールディン、脚本はパンキッシュな小説で知らせるキャシー・アッカーといった著名人が名を連ねる。音楽はジョン・ルーリーで、カメラはジャームッシュ作品も手掛けていたトム・ディチロといった布陣だ。ベット・ゴードン以外にも、ジャームッシュのパートナーであるサラ・ドライバーの監督作品なども、はるか昔にVHSが出て以来、長らく日本では観られない状態にあるので、こういった発掘が続いてほしい。

<オススメの作品>
『アンカット・ダイヤモンド』(19年)

『アンカット・ダイヤモンド』

監督:ベニー・サフディ/ジョシュア・サフディ
出演者:アダム・サンドラー/ポム・クレメンティーフ/ラキース・スタンフィールド/イディナ・メンゼル/ジャド・ハーシュ

ニューヨーク派と呼ばれる映画監督たちがいる。もっとも有名なのがマーティン・スコセッシとウディ・アレンだ。それぞれが主に70年代以降に活躍しながら、暮らす文化圏が異なるので同じ都市と思えないのも面白い。そして2010年代以降のニューヨーク派といえば、ジョシュ&ベニー・サフディ兄弟監督がいる。貧困にあえぐ不器用な若者たちを捉えるリアルな作風から、本作で一気に劇映画として風格を高めた印象を受ける。ベニーは『オッペンハイマー』(23年)等で役者としても活動している。

『フレンチ・コネクション』(71年)

『フレンチ・コネクション』

監督:ウィリアム・フリードキン
出演者:ジーン・ハックマン/ロイ・シャイダー/フェルナンド・レイ/トニー・ロー・ビアンコ

個人的にウィリアム・フリードキンが好きで、過去にも『エクソシスト』をセレクトしているのに、どうしてもチョイスしてしまう。しかしニューヨーク映画といえば、刑事が街を走り回る本作はふさわしいのではないか。ウディ・アレンは養女との歳の差婚でちょっと選ぶ気にもなれないし……。フリードキンの場合、なんだか建造物のすべてが廃墟のようで、監督によって同じ都市がまったく違う表情に見えるのも面白く、この映画の道やビルの壁も主人公のひとつに思える。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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