散歩 this way 2 -05-
得難い世界観で溢れる音と歌詞が、音楽ファンから注目を集めているシンガーソングライター/詩人の柴田聡子が綴るエッセイ。
テーマは趣味であるという「散歩」。本人が実際に撮影した写真とともにお楽しみください。
「憧れ散歩」
「私が東京でしたい憧れのことは散歩です。散歩一緒にいかがですか?」と散歩に誘われて散歩に行かない人がいるだろうか、いや、いない!これは去年の春先に実際に私が受けたお誘い。離れて住む漆作家の友人の言葉だった。素敵すぎるだろ!と怒り出したくなるくらいのときめきとショックは胸にしっかり刻み込まれている。
安定していて何気ない、じんわり楽しいけれども主目的にするにはやや物足りない行動として捉えられることの多い散歩にもこんな誘い方があるんだと驚いて、そこから私も胸を張って人を散歩に誘っている。とはいえ彼女の言葉のなんとも言い難いきらめきを演出することは出来ず、まだまだだなあと師を仰ぎ見るように私もまた彼女に憧れを抱いている。
彼女のお誘いはいつも魅力的。もうそろそろ帰らないと電車が、というタイミングで目に入ったHOKAというスニーカー店の前で「HOKAの靴持ってますか?」と聞かれ、「持ってないです。持ってますか?」と返すと、「持ってないです。入っていいですか?」と誘われて、不思議に心がスパークした。これでご飯3杯いける感じ。店は入店制限で行列が出来ていてすぐあきらめた。
私が歌い始めたくらいに香川県の粟島で偶然彼女と出会った。お互いの活動を見ながらたまに連絡したりして月日は流れ十数年、去年の歴史的ランドマーク散歩の日となった。覚えているかぎり、その日まで彼女と私は一緒にどこかに出かけたことはなかった。それなのにもう何度もどこかへ行ったことがあるような感覚で待ち合わせた。どこまでも歩けるだろう靴で向かった。今夜憧れが叶うのだ、どこまでも行けなくてどうする。
ひとつ展覧会を見て食事をしようということになった。東京住まいも20年になろうかとしているのにまったく増えないおすすめのお店リストを必死で呼び出し、以前連れていってもらったことのあるペルー料理の店を思い出し提案。輝くお誘いスキルをまったく振りかざすことなくノってくれた彼女に感謝。店の人はペルー出身で、空港に着いてから2、3日のんびりすれば高山病にはかからないよ!大丈夫!とエールをくれた。どうしてか忘れたけれど私たちはいつかペルーに行く感じになっていたんだっけな。
食事を終えていざ散歩へ乗り出す。私は目の前で憧れが叶っていくだろう予感に色めき立ってしまい浮き足立っていた。彼女は静かな興奮をたたえたような面持ち。青山あたりを出発して東京駅まで歩きたいと彼女が言った。地図アプリを見ながら現在地を確認。ところが道順はすぐにどうでもよくなってしまって、なんとなく着けばいいか、と合意して歩き始めた。夜の東京を眺めて、目に入るもの、ふと思ったこと、本音、不安、昔行った旅行先のこと、いろいろなことをぽつぽつ思いつくままに話しながら歩き続ける。どこかへは帰らないといけないのでときどき地図を見た。散歩の終わりが近づく気配が漂うので少し嫌だった。
しばらく歩いたところで「水、買っていいですか!」と彼女が切り出しコンビニに寄った。散歩に夢中で水も飲ませずに歩きまくったことに気付きハッとした。すまなかった!しかしどうして私は水がいらなかったのか。そう、ガムを噛んでいた。コンビニから出てきた彼女にガムを勧めた。ガムを噛んで出てくる唾液の量に気づいた彼女は「これは水いらずですね」と言った。うれしかった。のどが渇く、というトピックから口呼吸のトピックにうつり、口呼吸でなく、寝る時にも口が開かないという彼女をすごくうらやましく思った。
道はぐいぐい進める様子からいくら歩いても駅に近づかないようなあいまいさになった。多分東京駅に着く直前、私たちは、いつかどこか遠くに一緒に行きたいねと話した。そしてそこは一点定められていたかのように自然にマチュピチュだった。夢のような約束をしたなあと満足して別れた。夢として何十年も持っているのもいいなあと思って帰宅してそこから1年、マチュピチュのことを調べにHISに行こうと彼女に誘ってもらった。思ったより早くて、しかも旅行代理店も具体的で少しビビったけれども、私たち、ほんとうに行きそうですね。今、笑顔です。



