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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第95夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『ロニートとエスティ 彼女たちの選択』(2017年)
『哀れなるものたち』(2023年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

女性の意思を尊重するということ

2017年に起こった#MeToo運動で映画界はどのように変わっただろうか。日本ではインティマシー・コーディネーターという仕事への認識が広がった点は大きい。『先生の白い嘘』(24年)では、主演の奈緒がインティマシー・コーディネーターの導入を願い出たのに、監督が独断で「間に人を挟む必要がない」と判断し、起用しなかったことが波紋を呼んだのも記憶に新しい。

ただ、「#MeToo運動その後」というのは、まだ道が険しくて手間のかかるものだということは、理解しておきたい。映画界に携わる女性たちは、今女性による表現に手探りで取り組んでいる最中だ。それは映画が一本一本に大きな予算がかかるだけに、判断を誤って誤解を広めたり、後続の女優たちの迷惑になったりしてもいけない慎重さが必要となる。じつは今が一番踏ん張りどころなのだ。

少し話題はそれるが、本格的に「#MeToo運動その後」の話を始める前に、#MeToo運動以前に気になっていた、女優の不均衡について記したい。トッド・ヘインズ監督の『キャロル』(15年)は女性同士の恋愛を扱っている。恋に落ちたケイト・ブランシェットとルーニー・マーラのベッドシーンで、ルーニー・マーラだけがヌードになっていて、ブランシェットがバストトップを死守していた(CGで消してもいると思う)。撮影現場では立場的に上下感が出なかったのか、気になってしまった。個々のOKラインを尊重するのも大事だが、撮影中の奇妙さはどうなのかと思ってしまう。

同じように、『ロニートとエスティ 彼女たちの選択』(17年)はユダヤ教の信仰が厳しい街で、同性同士で恋愛関係になる役を、レイチェル・ワイズとレイチェル・マクアダムスが演じている。ワイズは故郷を離れ写真家になる自由な女性の役で、本作の製作にも名を連ねている。この二人のラブシーンでも、マクアダムスがまさに体当たりのヌードに挑戦しているのだが、ワイズは着衣のままで不自然だった。ラブシーンで一方だけが脱いでおり、着衣のままの方の女優は製作も担当しているというのは、現場に力関係が生じているのではと気が気でなかった。こういう場合は違和感が起こるので、無理せずに二人とも着衣でいいのではないかと思う。肌を見せずとも、ベッドシーンだとわかる演出方法はいくらでもあるのだから。

インティマシー・コーディネーターの必要性が言われる時代だが、女優自身が不要だと判断すれば、それはもちろん起用しなくていい。今年のアカデミー賞を席捲した『ANORA アノーラ』の主演であるマイキー・マディソンは、セックスワーカー(日本の資料ではストリッパーにされている)の役を演じている。そのためヌードはもちろん、全裸でのベッドシーンも多い。しかし彼女はスタッフたちとの綿密な打ち合わせをしたので、インティマシー・コーディネーターの必要はなかったという。自分が決定権を持つと強く意思決定しているならば、絶対ではないということもケースバイケースであり得ることだ。

#MeToo運動や、女性が映画界に進出する比率を上げるためのマニフェストは、何も女性が性的な部分をことごとく忌避することを意味するわけではない。実際に最近では、エマ・ストーンや、年齢を重ねてからのデミ・ムーアやニコール・キッドマンの勇気あるヌードも、必要に応じて女の性的な欲望を表現している。こういった例をみると「脱がされるのがイヤだ」という単純な問題ではないとわかるだろう。女性スタッフだけで可能なヌード撮影に、不要な男性スタッフが見学がてら入り込むことの禁止や、必然以上のヌードや接触は避けたいという、本当に至極当たり前なルールを要求しているだけだ。それは女優以前に、人間の尊厳として真っ当なものである。それらがクリアされれば、必要に応じて脱いでも構わないという、仕事人の俳優たちが映画を支えているのだ。

<オススメの作品>
『ロニートとエスティ 彼女たちの選択』(2017年)

『ロニートとエスティ 彼女たちの選択』

監督:セバスティアン・レリオ
原作:ナオミ・オルダーマン
出演者:レイチェル・ワイズ/レイチェル・マクアダムス/アレッサンドロ・ニボラ/アントン・レッサー

様々な宗教において、いまだに女性の地位は低く自由が許されていない。本作でもレイチェル・マクアダムスが演じるエスティは、街全体が厳格なユダヤ教徒ばかりの中で、周囲に決められた男性と結婚している。女性が外出するときはかつらを被らなければいけないのも、信じ難い慣習だ。髪が男性の劣情を刺激することが根底にあるのだが、そんなルールは逆に恥ずかしくないのかなと思う。「そのくらい自分で抑制してくれませんかね」という思いがする。

『哀れなるものたち』(2023年)

『哀れなるものたち』

監督:ヨルゴス・ランティモス
原作:アラスター・グレイ
出演者:エマ・ストーン/マーク・ラファロ/ウィレム・デフォー/ラミー・ユセフ/ジェロッド・カーマイケル/クリストファー・アボット

エマ・ストーン演じるベラは、死から蘇ったことでいったんは幼子のような知能となるが、再び世間を知り、女性の権利や自由意思を重んじた生き方になっていく。「女性はこうあるべき」という抑圧から解放されたベラは性的にも自由で大胆だ。そのことを表現するためにエマ・ストーンも果敢な表現に挑んでいる。ベラの成長と、女性がみずからの意思や欲望を表明する現在形が、まさに一致している。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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