樹の恵本舗 株式会社 中村 樹の恵本舗 株式会社 中村
ONLINE SHOP
MENU CLOSE
真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第81夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『ロストケア』(23年)
『ファーザー』(20年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

親の老後に備えて、心の準備をしましょう

最近、有名なエッセイストの方々が、一斉に親の介護について書き始めた。わたし自身も遠距離介護を終えて、おととしその経験をエッセイにまとめて上梓した。昔の文筆家もそういった時期を経ているはずなのに、なんだか読んだ記憶がないのは、まだ介護を家庭内で行うのが主流だったせいだろうか。

この文章を読んでいる方は、まず20~30代の女性がメインだろう。親と同居、または地方から都市部に引っ越して結婚や同棲、一人暮らしなど様々な生活環境にあるかと思う。最近は女性の生き方も多様になっているので、40~50代で未婚、またはシングルマザーなんて方もいるはずだ。それがもう少しすると、親の衰えという問題と直面することになる。女性が実家で親と同居のまま結婚して、老親の面倒をみるという状況は少数派になるだろう。どうしても嫁ぎ先で義理の両親の世話をすることの方が、比較的多いと思う。

こういったことも時代の変遷で、周囲の友人知人は、妻の実家に夫が身を寄せて終の棲家に考えているケースが多い。彼らを思い浮かべると、やはり考え方の進歩的な男性で、男女差別をせずに、妻の両親の介護に協力的だ。しかし彼らの特徴は関東圏在住であったりもする。上京して暮らしている人々にとって、地方都市に暮らす老親が認知症を発症した場合、その苦労は相当重い。もし北海道や九州から上京されている人ならば、交通費だけでもかなりの負担になるだろう。

遠距離介護で、月に土日だけ帰って世話をすれば……と思っても、そうはいかないものだ。地元でしか発行してもらえない役所関係の書類が色々と必要になり、平日しか開いていない役所のために、どうしても土日では用事が済まない。個人情報だからしょうがないとはいえ、ネットや郵送で取り寄せることは不可で、地元に平日行かないと貰えない書類が、いかに多いことか。本人が申し出ないとダメな書類もあるので、認知症が進みすぎないうちに、済ませなければいけない手続きなどもあったりする。

実家自体ももちろん放置できない。家に兄妹など誰かが残っている、または将来自分がUターンして住むつもりなら良いが、両親が亡くなって誰も住む者がいなくなってしまう場合、家の処置は手間がかかる。いざそういった問題が起こったら、誰に何を頼み、いくらぐらいかかるか悩んでしまうはずだ。その証として、急増する放置された空き家問題が起きている。みんなが途方に暮れて先送りにしている象徴だと思うが、その空き家がもしあなたの名義になれば、安くない固定資産税を払わなければならない。それも「特定空き家」に指定されれば税金は跳ね上がる。だが面倒くさいからと放置すれば、空き家に誰かが住み着く場合もあるし、放火や失火が起こり、近所の居住地に延焼などしたら、それこそ慰謝料など大変なことになりかねない。

デイケアを頼むなら、関係者の顔合わせが平日になって、やはり仕事を休むことになる。親の認知症がわかってから、慌てて高齢者向け施設を探しても、今は入居待ちが多くすぐに移転は無理なケースが多いだろう。デイサービスの利用も、非常に厳しい労働条件に対して最低賃金が安すぎる問題があり、介護者の離職が増えている。デイサービスの方々の援助がなければ首が回らないのに、人手不足に悩まされているのが現状だ。老々介護でとりあえずどちらか片親に負担を背負ってもらうにしても、シャキッとしたまま亡くなることは少ないかもしれない。これらは氷山の一角で、他にも親の感情をくみ取ったりしていたら、問題は山積してしまうのだ。

<オススメの作品>
『ロストケア』(23年)

『ロストケア』

監督:前田哲
原作:葉真中顕
出演者:松山ケンイチ/長澤まさみ/鈴鹿央士/坂井真紀/戸田菜穂

とある民家で、老人と訪問介護センター所長の死体が発見された。犯人として浮上したのは、死んだ所長が勤める介護センターの介護士の青年、斯波だった。その介護センターは他の施設と比べて、異常に老人の死亡率が高いことが発覚する。しかし斯波の評判はむしろ熱心で優しいと評判だった。認知症の親と同居をする子がシングルマザーだった場合、彼女が一家を支える稼ぎ手だ。そのため、仕事に出かけている時間は孫が老人を見ていなければならない。そういったヤングケアラーも最近の大きな問題だ。

『ファーザー』(20年)

『ファーザー』

監督:フローリアン・ゼレール
出演者:オリヴィア・コールマン/アンソニー・ホプキンス/ルーファス・シーウェル/イモージェン・プーツ

認知症の介護が簡単ではないのは、いくら老いたとはいえ人としての尊厳やプライドがあり、介護をする子どもに恥ずかしい姿を見られることに抵抗を覚えるためだ。今まで威厳を保ってきた男親が、お漏らしの片づけをしてもらう情けなさで、やり場のない怒りを抱えたり、自分自身の記憶の不確かさに不安を覚えたりと、混乱に陥ってしまう。この認知症の当事者から見える世界を描いた本作は、ほとんどホラー映画の様相を呈している。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

Product

ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
Back