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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第101夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『こちらあみ子』(2022年)
『クリーン、シェーブン』(1993年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

孤独から連絡を取ろうとする少女たち

6月20日から公開になる日本映画『ルノワール』を試写で拝見したが、とても興味深い映画だった。舞台は1980年代でまだスマホなどない時代。主人公は小学5年生の個性的な少女フキ(鈴木唯)で、ひと夏の出来事がメインとなる。

父親(リリー・フランキー)は末期癌で自宅療養も難しくなり、入院生活を送ることになる。母(石田ひかり)はこの時代では珍しく、女性ながら役職に就いていて仕事一筋だ。だがその気概が空回りして、部下に厳しく接してしまい、会社からカウンセリングを受けるよう命令が下ってしまう。母は育児と仕事と夫の看護で、カウンセリングに逃げ道を見出して、夫から心が離れていく。これも同情の余地のある、疲弊による心の逃げ方のひとつだろう。フキはそんな母を見つつ、父の病室や英会話教室に通い、超能力を信じて凝り、そして伝言ダイヤルで話した男性に会おうとする。

フキは超能力で相手の思い浮かべたものを当てられると信じているが、根にあるのは孤独であると思う。誰かの脳裏に自分の想いが届くようにと願っている証。伝言ダイヤルはまさに寂しさゆえに利用するものであり、こういった少女の孤独な儀式は、時折映画で見かけるものだ。

『こちらあみ子』のあみ子は空気が読めない、思いついたら行動に移さずにいられない少女だ。場違いな場所なのに大声で歌いだして叱られたりするのは日常茶飯事。そして、後妻の母の顎のほくろがいつも気になって凝視してしまい、一人歩きの危険なあみ子に、言いつけで仕方なく送り迎えをしてくれるのり君に執着する。のり君が不快に思っていることにも、もちろん気づけないし、母はあみ子を明らかに負担に思っているが、その心理を察することもできない。あみ子もガーガーという音しかしないトランシーバーで、誰かと通信できると思い、引っ越しが決まった時にも、二機のうち一機が失われているのに持っていこうとする。

妊娠していた母の死産の際に、あみ子がペットのような墓を庭に立てたことから、母とあみ子の亀裂は完全なものとなる。あみ子としては死んだ赤ん坊を追悼するのは、良かれと思ってした行為だが、母には大事な命を軽んじられたとしか思えない。あみ子について映画内では何も言及されないが、今なら発達障害として理解されるタイプだろう。家族も受け入れるのが難しく、あみ子の行為でうつ病のような症状に追い込まれる母の問題は、今も同じように悩んでいるお母さんたちの呟きが、匿名のネット掲示板には多くあって胸が痛くなってしまう。

父が病気のケースでは、海外の映画で『クリーン、シェーブン』という作品がある。養子に出された娘の行方を探す、統合失調症の父親の描写がとても生々しい。主人公のピーターは自分の頭に受信機、指に送信機が埋め込まれていると信じている。それでも娘に対する愛に変わりはなく、幻聴や幻覚に悩まされながらも我が子を必死で探す。だが街では幼児連続殺人事件が起こっており、ピーターは刑事からその犯人と疑われてしまう。本作のラストは、船の無線機で父親に呼びかける娘の姿で幕を閉じる。そのシーンで突然、とても切なさに襲われて深い余韻を残す。

<オススメの作品>
『こちらあみ子』(2022年)

『こちらあみ子』

監督:森井勇佑
原作:今村夏子
出演者:大沢一菜/井浦新/尾野真千子/奥村天晴/大関悠士/橘高亨牧/幡田美保

原作は芥川賞作家である今村夏子のデビュー作で、太宰治賞と三島由紀夫賞を受賞した作品。あみ子を演じた大沢一菜のプリミティブで力強い演技が、とても芝居とは思えない迫力を持つ。父親役の井浦新の、まともな家庭を維持したい内心が透ける、のっぺりとした普段の振る舞いから、急にあみ子を突き放す衝動が現れるとき、親子の意外な情の薄さにドキッとする。

『クリーン、シェーブン』(1993年)

『クリーン、シェーブン』

監督:ロッジ・ケリガン
出演者:ピーター・グリーン/ロバート・アルバート/ミーガン・オーウェン/ジェニファー・マクドナルド

統合失調症を描いた映画は他にもあるが、本作は患者本人の感覚を再現したような作品として、非常に高い評価を得ている。主人公のピーターは常に頭に流れ込んでくる幻聴に悩まされており、それから逃れようとみずからの体を傷つける行為にも及ぶ。その中での父子の愛情は不意を突くように感動的である。映画はあくまでも静謐なタッチで描かれ、余計な説明などは一切入らないクールな作品だ。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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