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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第75夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『めぐりあう時間たち』(2002年)
『カポーティ』(2005年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

作家の映画、または酒のお話

7月公開の映画『シャーリイ』を試写で鑑賞した。シャーリイ・ジャクスンは女性の作家ながら、1948年に発表した『くじ』というホラー短編で読者にショックを与え、大きな話題となった。本作は日本語訳も出版されているので、未読の方にはオススメしたい。今にも通ずる、人間の悪質な部分を晒した小説で、まったく古さを感じない。

『シャーリイ』は『くじ』を発表後、スランプに陥っているシャーリイと、夫スタンリー・ハイマンの元に、若い夫婦の居候がやってくるという架空の設定の物語だ。強引に夫が決めたことであり、シャーリイはエキセントリックな人物なので、居候の若い夫婦は面食らうが、妻の方は次第にシャーリイに共鳴していく。正直、本作はこの架空の設定以外も、フィクションと思って観るべき作品だ。シャーリイを演じたエリザベス・モスの演技は素晴らしいが、夫婦の間にいた4人の子どもがなんと登場しない。女性の作家が自宅で小説を書きつつ、4人の子育てをすることがいかに大変かを省略してしまったら、それはもはや別人の物語である。そこまで手を加えるなら、なぜ実在の作家を取り上げたのかが不思議でしょうがない。

個人的にシャーリイ・ジャクスン原作では、ロバート・ワイズ監督が映画化した『たたり』(63年)がとても好きだ。もう60年も前の映画なのに新鮮な怖さがある。幽霊屋敷に心惹かれてしまう主人公の女性も、現代的な不安を抱えている。ショッキングなショットもあって、映画としての完成度も高い。1999年には原題の『ホーンティング』でリメイクされたが、こちらは評判が悪かった。個人的にはそんなに嫌いな映画ではないのだが。

本作のように、作家自身に焦点を当てて映画化された作品も多い。ヴァージニア・ウルフを描きつつ、三つの時代の女性たちを絡めた『めぐりあう時間たち』(02年)は、セクシャリティに悩む女性、または男性の物語で、劇場で観て泣けてしまった。本作は同性愛がテーマだったが、ウルフは兄からの性的虐待に苦しんだ女性でもあり、そのことはどこまで切り離して考えればいいか悩むところだ。

ウルフも『自分ひとりの部屋』で書いていたけれど、近代の女性作家は家父長制の中で、家事を当然優先させるものとして執筆活動をしていたから、本当に大変だったと思う。元々創作という作業自体がまさに産みの苦しみを伴うものだ。それは心を歪ませて、現代の作家でもマルグリット・デュラスはアルコール中毒との戦いの人生であったし、最近ドキュメンタリー映画『パトリシア・ハイスミスに恋して』(22年)が公開されたハイスミスも、同様にアルコール依存症だった。

作家は自宅で作業をするのでよけい陥りやすいのかもしれない。女性に限らずエドガー・アラン・ポーやフォークナーや、カポーティもウィリアム・アイリッシュも、本当にアルコール依存で苦しんだ作家は多い。日本にもアルコール依存で有名だった作家はいる。ただ、アルコール依存になったから書けなくなったのか、書けないからアルコール依存になったのかは、作家の天命として別の問題だという気がして、その点は伝記など必ず確認してしまう。

 

<オススメの作品>
『めぐりあう時間たち』(2002年)

『めぐりあう時間たち』

監督:スティーヴン・ダルドリー
出演者:ニコール・キッドマン/ジュリアン・ムーア/メリル・ストリープ/スティーヴン・ディレイン/ミランダ・リチャードソン/ジョージ・ロフタス

ニコール・キッドマン、ジュリアン・ムーア、メリル・ストリープという演技派女優たちが顔を揃えた人間ドラマ。三人が演じるのはヴァージニア・ウルフ、1950年代の専業主婦、そして現代の編集者。物語は彼女たちそれぞれのとある一日を中心に、モチーフが連鎖しながら進んでいく。ジュリアン・ムーアの役は、一般常識に従って結婚をしていても同性愛者であり、そのひずみに苦しんでいる。現代のストリープは女性の恋人と同棲していて、時代が変遷を辿っているのを見せるが、友人のエド・ハリスはエイズを患っている。このエド・ハリスのシーンで泣いてしまった。

『カポーティ』(2005年)

『カポーティ』

監督:ベネット・ミラー
出演者:
フィリップ・シーモア・ホフマン/キャサリン・キーナー/クリフトン・コリンズ・Jr/クリス・クーパー/ブルース・グリーンウッド

フィリップ・シーモア・ホフマンがトルーマン・カポーティを演じた作品。彼が代表作『冷血』を書くにあたって、取材を進める様子を描く。カポーティは癖の強い喋り方をし、社交界で華やかな生活を送っていた。しかし『冷血』以降、小説が書けなくなっていく。フィリップ・シーモア・ホフマンも若い頃に薬物中毒とアルコール依存症を経験し、長らく断っていたのに再度薬物に手を出して亡くなったのは、同時代の俳優の中でも一番ショッキングな死だった。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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