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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第70夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『スワンソング』(21年)
『セシル・B/ザ・シネマ・ウォーズ』(00年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

『美と殺戮のすべて』 ~ナン・ゴールディンの時代

著名な写真家ナン・ゴールディンを追った『美と殺戮のすべて』が、3月29日より公開になる。だが映画の始まりはいささか予想を裏切るものだろう。彼女は同士たちとともに、ニューヨークのメトロポリタン美術館にある、製薬会社を営む大富豪サックラー家が寄付したスペースへ行く。そこで「オピオイド鎮痛薬」の容器をバラまいて、「サックラー家は人殺しだ」とアジテーションを繰り広げる。

オピオイドは鎮痛剤だが中毒性が高く、依存症での死者数が急激に増えて社会問題になった。歌手のプリンスが亡くなったのも、合成オピオイドのフェンタニルの中毒死だったし、エミネムもバイコディンというオピオイドの一種の依存症となり、他の薬物とのカクテルによって、命を落としかけて救急搬送された。ドラッグとして楽しむには依存性が想像以上に高く、もっと問題なのはただ鎮痛剤として処方された人が、中毒になってしまうことだ。タイガー・ウッズが腰痛の痛み止めとして医師に処方され、依存症になったのも大々的に報道された。

ナン・ゴールディンはメトロポリタン美術館が、このオピオイドを販売し儲けているサックラー家からの寄付で運営されていることに、反対運動を起こす。映画はここから彼女の過去を辿っていく。ゴールディン自身は1980年代、LGBTQのたまり場で働きながら、ゲイカルチャーやドラッグカルチャー、アンダーグラウンドサブカルチャーにどっぷり浸かり、そこで写真を撮り続けた。彼女の写真集『性的依存のバラッド』は日常生活のスナップだが、薬物中毒、DV、エイズなどが生々しい影を落としている。

映画監督のジョン・ウォーターズも「悪趣味の帝王」として知られているが、若かりし日のゴールディンが、缶バッチを作って小遣い稼ぎをしようとしていたとき、同様の目的で缶バッチ作りに来ていたのがウォーターズで、知り合いになったそうだ。ウォーターズの映画は常連俳優がいて、そのなかの女優クッキー・ミューラーとナン・ゴールディンは親友になった。その友情はクッキーがエイズで亡くなるまで続いた。

時代の変遷とともに、文化はサブカルチャーがメインカルチャーとなっていき、ナン・ゴールディンも世界的に有名な写真家となった。美術館はこぞって彼女の写真を欲しがる状態だ。そのくらい知名度のある芸術家の反対運動は美術館にとって痛手である。それにオピオイド中毒による死者の増加も、社会問題として報道の熱が高まっていた。そういった状況から、ナン・ゴールディンとその若い仲間たちの、体を張ったサックラー家排斥運動は美術館を動かすことになっていく。

その薬に中毒性があるとわかっていて、トランスを楽しもうとするのは自己判断によるものだ。しかし、医師の処方に則って服用したのに依存症を発症するのは、やりきれない出来事である。その責任は中毒性があると知りながら、儲けのために製造と販売を続けた製薬会社にある。ゴールディンの脳裏には、おそらくなんの病気か詳細がわからないままに、仲間たちが多く感染し、死んでいったエイズの病禍が影を落としているのだろう。エイズを巡る歴史は軽々しく忘れられてはいけないものだ。

 

<オススメの作品>
『スワンソング』(21年)

『スワンソング』

監督:トッド・スティーブンス
出演者:ウド・キア/ジェニファー・クーリッジ/マイケル・ユーリー/リンダ・エヴァンス

主演はウド・キア。70年代から悪趣味といわれる映画に出続けてきた、ドイツ出身の怪優だ。若い頃は薄い水色の瞳が特徴的な美青年で、本作では伝説的なヘアドレッサーながら、現在は引退して老人ホームで暮らす孤独な役。生涯のパートナーを早くにエイズで亡くし、それ以来一人で生きてきた。しかしかつて親友だったが袂を分かった顧客から、死化粧の依頼を受ける。わだかまりのある相手だったが、彼は悩みつつも彼女の家へ向かう。エイズがLGBTQの人々に与えた衝撃や喪失の激変は大きかった。一人のゲイの晩年の旅を、哀しくもコミカルに描いた傑作。

『セシル・B/ザ・シネマ・ウォーズ』(00年)

『セシル・B/ザ・シネマ・ウォーズ』

監督:ジョン・ウォーターズ
出演者:スティーヴン・ドーフ/メラニー・グリフィス/エイドリアン・グレニアー/アリシア・ウィット/ローレンス・ギリアード・Jr/マギー・ギレンホール

個人的に本作は好きなのだが、ジョン・ウォーターズ監督作品の中では賛否両論が分かれる作品だ。それと、これだけ世界的に有名な監督なのに、配信されている作品数が異様に少ない。バッドテイストの映画ではあるが、映画史に名を刻む監督なのだから、もっと観易い環境を整えてほしい。クッキー・ミューラーも他界後の作品だが、ウォーターズ映画の新たな常連女優パトリシア・ハーストが出演している。メラニー・グリフィスの役柄が、明らかに「パトリシア・ハースト誘拐事件」をモデルにしているのも見どころ。ご存じない方はぜひwebで検索を。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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