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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第69夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『フタバから遠く離れて』(2012年)
『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』(64年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

悪趣味と、命がけの訴えと

テレビ東京で放映されていた『ハイパーハードボイルドグルメリポート』という番組があった。今も様々な配信サービスで人気を誇るコンテンツだ。プロデューサーの上出遼平氏が、メキシカンギャングのアジトやロシアのカルト教団、フィリピンのゴミ山など、世界中の危険地帯と呼ばれる場所へ赴き、そこでの食事の風景を収めたシリーズだ。

わたしも好きな番組だが、複雑な思いはある。世界中の現状を知りたい、知らなければいけないという、同じ人間としての責任や負い目とでもいうような感覚。それと、安全圏からヤバいものを見学して楽しみたいという娯楽の要素も否定できない。フィリピンの子どもがゴミ山で危険なガスにまみれて暮らす様子に、胸を痛めつつ、こんな暮らしがあることに、我が身の安全を顧みてホッとする気持ちを抱くのは、矛盾のようだがごく自然な感情だろう。

こういった悪趣味さは世界的に常に存在していて、東日本大震災のあと、海外からの「放射能で無人となったフクシマの街ツアー」の番組を観たことがある。客たちはガイガーカウンターを持って、定められた放射能汚染レベル以内の地域をバスで回り、廃墟に入り見学していた。“なぜ無人なのか”は考えていないのかと不思議な光景だった。そこに人が住んでいないのは、放射能が目に見えない危険物だから人々は立ち去ったのだ。彼らはそんな土地を怖いもの見たさの物見遊山で回っていた。

長い前置きになったが、日本での公開が危ぶまれていた、クリストファー・ノーラン監督の『オッペンハイマー』も無事上映が決まった。“原爆の父”と呼ばれる人物の映画だから蓋をするなんて、まったくおかしなことだ。被爆国の住人としては、なぜそんなものが作られたのかを何度でも学び直した方が良いに決まっている。ただ配慮として、海外版の予告では原爆の実験シーンが頻繁に挿入されるが、日本版はそういったシーンは排除されており、刷り込まれた恐怖が蘇るような恐怖感は少なくなっている。

映画『オッペンハイマー』は日本への原爆投下シーンが少ないと指摘されている。それは、恐ろしすぎるからなのだろうか? 当時撮影された被爆者の無残な写真や、投下された後の一面更地となった広島の街の映像資料など残っているのに、それを使用するのはショッキングすぎるのか。しかし日本に投下する以前に、アメリカでも有名なトリニティ実験が行われ、アメリカにも被爆地は存在する。また、人体実験として駆り出された “アトミック・ソルジャー”という、「核は安全だ」と教育された兵士たちもいた。当時の記録映像で観た、爆心地からさほど遠くない僅かな塹壕に身をひそめ、まさか被爆といった後遺症のことなど露ほども心配せず、強烈な原子爆弾の爆風を受ける若い青年兵士の姿は、忘れられない。

ただ、ハリウッド全般が被爆に関して浅慮なわけではなく、俳優のマーティン・シーンは反核運動家として知られる(息子のチャーリー・シーンはクズエピソードに事欠かないが)。TVMの『ナイトブレーカー』(89年)はVHSしか出ていないが、マーティン・シーンが製作、出演、長男のエミリオ・エステベスが主演を務めた、アトミック・ソルジャーの実態に迫った真摯な作品なので、ぜひソフト化や配信をしてほしい。

<オススメの作品>
『フタバから遠く離れて』(2012年)

『フタバから遠く離れて』

監督:舩橋淳

東日本大震災で故郷から遠く離れた土地への避難を余儀なくされた、福島県双葉町の人々。元々は原発によって財政が成立していた町で、近々新たな原子炉が建設予定だった。他の東北の土地は復興が進んでも、双葉だけは取り残されたままだ。なかには、汚染濃度の高さを知りながら、農園を作り住み続ける反骨の人もいる。この映画からも10年以上が経過し、昨年やっと役場が稼働を始めたが、住人はほぼ戻っていない。先日逝去した坂本龍一による、静謐で哀切のこもった音楽が耳に残る。

『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』(64年)

『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』

監督:スタンリー・キューブリック
出演者:ピーター・セラーズ/ジョージ・C・スコット/スターリング・ヘイドン

巨匠スタンリー・キューブリックによるブラックコメディ。いま現在、地球の主要国は核抑止論で成立している状態である。本作はその「もしもが起こったら……」版。冷戦時代、アメリカ空軍の司令官が精神に異常をきたし、ソ連へ核ミサイルを発射する。報告を受けたアメリカ大統領は、ソ連首相に緊急の連絡を取り、核を撃墜するよう依頼するが、ソ連ではそれが不可能な核兵器がすでに準備されていた……。核を巡る人間の愚かさを描いた傑作で、ピーター・セラーズの一人三役はもはや伝説。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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