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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第62夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『シカゴ』(02年)
『情婦』(57年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

『私がやりました』 多面体の作家、フランソワ・オゾン監督

デビュー作を観た監督は、なんとなくそれ以降も縁で毎回足を運んで、ほとんどの作品を観ていたりする。フランソワ・オゾンも個人的にそういった監督だ。彼の作品が日本で紹介され始めた当初、わたしの働いていたミニシアターで公開されていたので、それもあってずっと観る習慣になっていた。

そして、11月3日から公開になる『私がやりました』はオゾンの作品の中で、初めて手放しで大好きといえる映画だ(じつはさほど好きじゃないのにずっと観ていた)。貧乏な女優の卵であるマドレーヌが、悪徳プロデューサーの元に呼ばれたところ、襲われてしまう。命からがらにげだしたが、彼がその直後に射殺体で発見された。当然容疑はマドレーヌにかかる。ルームシェアする新進弁護士のポーリーヌは、この機会を利用してマドレーヌを「恋人への操をまもるために、殺人まで犯した貞女」として、売り出すことに決める。果たして裁判はうまくいくだろうか。

本作はスラップスティックコメディで、リアリティはほとんどない。証拠の扱いも杜撰だし、主役の二人の女の子が地面に足がついていないように、ふわふわキャッキャッしている姿が愛らしい映画だ。マドレーヌの恋人は頼りないし、上流社会の青年で真剣さがなかったが、この事件でマドレーヌへの愛に目覚めるような単純な男である。この二人を見つめるポーリーヌのまなざしに、一抹の寂しさを覚えるのは、ゲイを公表しているオゾンらしい繊細さだろう。

若い女優を食い物にするプロデューサーは、当然ワインスタインを想起せずにいられない。この事件に対して、フランス映画界の大御所からは保守的な発言が相次いだ。それを払拭するためにも、映画や演劇のバックステージものを描き、第一線のオゾンが女性の権利を守る女の子が強いコメディ映画を発表したのではと想像してしまう。とりあえずそれほど、報復の軽妙さが良い作品だと思う。

オゾンは作風の定まらない監督で、同じ人が撮ったとは思えない映画を次々と発表するので興味深い。2018年『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』は、聖職者による少年への性的虐待を扱った実話を基にした作品。2020年『Summer of 85』は同性愛者の少年が、愛する人を失いながらも前へ進んでいく青春物語。2021年『すべてうまくいきますように』は老人介護と安楽死についての家族の話。そして昨年、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』をリメイクした『苦い涙』は超駄作でビックリした。傑作が続いていただけに『苦い涙』は本当に驚きだった。しかしそれに続く『私がやりました』はまた面白い作品なのだから、本当に観てみないとわからない。

『私がやりました』にはサイレント時代の大女優として、イザベル・ユペールが登場する。そして映画内でマドレーヌの報道とともに、過熱して記事になっているのが実在の親殺しの少女、ヴィオレット・ノジエールだ。このアンニュイな時代、詩人たちはこぞってヴィオレットに詩を捧げた。イザベル・ユペールの初期の代表作は、この殺人者の少女を演じた『ヴィオレット・ノジエール』で、クロード・シャブロル監督の傑作でもある。この日本盤がなぜ発売されないのか、理解に苦しむ。ぜひ機会があれば観てほしい一作だ。

 

<オススメの作品>
『シカゴ』(02年)

『シカゴ』

監督:ロブ・マーシャル
出演者:レネー・ゼルウィガー/キャサリン・ゼタ・ジョーンズ/リチャード・ギア/クイーン・ラティファ/ジョン・C・ライリー/テイ・ディグス/ルーシー・リュー

天才振付家ボブ・フォッシーのミュージカルを、映画化した作品。痴情のもつれで情夫を殺したヴェルマ(キャサリン・ゼタ=ジョーンズ)と、彼女のようなスターに憧れを持ち、ショーを紹介するといって騙した男を殺害したロキシー(レニー・ゼルヴィガー)。したたかな二人の女は、それぞれ敏腕弁護士のビリー(リチャード・ギア)を雇って憐れな女を装い、大衆の同情を買って、有罪どころかますますスターとして名声を高めていく。『私がやりました』の悪女版といえよう。

『情婦』(57年)

『情婦』

監督:ビリー・ワイルダー
原作:アガサ・クリスティ
出演者:タイロン・パワー/マレーネ・ディートリッヒ/チャールズ・ロートン/エルザ・ランチェスター/トリン・サッチャー/ジョン・ウィリアムズ

アガサ・クリスティが短編をみずから戯曲にし、ブロードウェイなどで人気を博した作品。それをマレーネ・ディートリッヒが主演を務め、彼女が監督にビリー・ワイルダーを指名した。二人ともナチスから逃れてドイツからハリウッドに渡った映画人だ。原作者のクリスティもお気に入りだった映画作品。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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