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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第61夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『バーバレラ』(68年)
『ラブレター』(81年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

他人とは違うわたし

いかに自分が個性的で、他の人とは異なるかというアピールがしたい時期がある。それが芸術活動と結びついたならば、人に褒めてもらうことが誇らしくて仕方がない気持ちになる。スポーツは数値としてはっきり結果が出て、優劣は否が応でも決定づけられるが、アートの世界は基準が曖昧だ。そのためきりのない自己承認欲求が続いていく。

才能ある芸術家には奇人が多かったりするが、それが本当にヘンなのか、ヘンなふりをしているのかも怪しい。ダリの大仰なヒゲなど、ちょっと恥ずかしい気がする。普通にしていてもそれなりに認められたとは思うが、やはり時計の絵とダリの奇抜な容姿はセットで、シュールレアリズムとして認識される。なのでセルフプロデュースとして正解なのだろうが、それを演じているかと思うとちょっと恥ずかしい。

『シック・オブ・マイセルフ』は、強烈な承認欲求を持つ女性が辿っていく行く末を描いた、北欧発のシニカルなホラーである。主人公のシグネは何者かになりたくて、他人に認められたいという欲望だけは十二分に持っている。彼女の恋人トーマスは長年のライバルでもあり、最近彼は盗品をアートとして展示することを始めた。すると、世間は新しいアーティストとしてトーマスに注目するようになり、シグネはさらに焦りだす。

シグネはロシアの薬物によって顔が爛れた人のニュースを見て、ピンとくるものを感じる。彼女はその薬物を違法に入手して、あえて使用する。するとニュース通りに効果が出始め、シグネの顔には腫物や爛れが起き、彼女はニュースとなって満足感を得ていくが……。

トーマスのアートも皮肉なものである。バンクシーは落書きなのに大変な金額がつき、美術館に展示される。しかしバンクシーと同じレベルのメッセージ性を持った、壁をキャンバスにしたスプレーによる他の画家たちは、ただの器物破損として塗り直されていくだけだ。バンクシーにだけ価値を見出すのはなぜだろうか。トーマスのアートもくだらない代物で、盗難の現場を抑えられたら、もはやただの犯罪者である。

世の中にはいろいろな方法をとる“シグネ”がいる。作家の愛人として一生を過ごした人は、その作家に自分がいかに愛された、特別な存在だったかをエッセイにする。才能ある著名人に選ばれたんだから、わたしはすごいという自己承認欲求の満たし方だ。女道楽で有名だった日本の作家だと、吉行淳之介がいるが、なんと本妻と愛人3人がそれぞれに彼について本を出している。互いに自分だけが淳之介からされたことなどを、ライバルをバチバチに意識して書いている時点で、さほど差異はないというか、4人の承認欲求はほぼ全部同じように見えてしまう。

 

<オススメの作品>
『バーバレラ』(68年)

『バーバレラ』

監督:ロジェ・ヴァディム
出演者:ジェーン・フォンダ/ジョン・フィリップ・ロー/ミロ・オーシャ/デビッド・ヘミングス/マルセル・マルソー/クロード・ドーファン

男でも自分の女性関係の暴露本を出す人がいるんだなあ、と最初に思ったのがロジェ・ヴァディムだ。『我が妻バルドー、ドヌーヴ、J・フォンダ』では、歴代の妻であり女優である彼女たちのことをつまびらかにしている。バルドーを女にした日の、彼女の明け透けな喜びの表現など、ビックリしてしまう。『バーバレラ』は当然、ジェーン・フォンダが妻の時の作品で、とてもエロティックに可愛らしく撮られている。

『ラブレター』(81年)

『ラブレター』

監督:東陽一
出演者:高橋惠子/中村嘉葎雄/加賀まりこ/仲谷昇

詩人金子光晴は、晩年に大河内令子と恋愛関係になり、森三千代との間を行ったり来たりして過ごす。本作で関根恵子が演じるのは令子だ。いつやってくるかわからない男性を、ひたすら待つだけの生活。三千代をおろそかにもできず、金子は二人の女性との結婚と離婚を、彼女たちに無断で繰り返した。この本は令子からの聞き書きを基にしている。本妻への意地もあるだろうし、愛されていたことを、やはり黙ってはいられないのがわかる。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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