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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第59夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『EUREKA ユリイカ』(2000年)
『スケルトン・ツインズ 幸せな人生のはじめ方』(2014年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

『少しでも魂の再生の役にたつのならば』

今年の夏は微妙に落ち着かなかった気がするのは、自分だけだろうか。台風がぐるぐると進路を変えて、居座っていたせいかもしれない。気圧の変化に弱いので、突然急激な眠気に襲われて困ってしまうことが多かった。

使い慣れていたSNSは、数年前から荒んだ気持ちになるので見ないことが増えた。そのうえ名前も変わり、わけのわからない状態になっていったのも困惑した。もはや宣伝くらいでしか使わないにしても、見るたびに仕様が変化して、ある日サービスが停止してもしょうがないと感じる。でもわたしのような零細ライターには、そんな場所も宣伝用で意外に必要なので不安は大きい。

ジェンダーを巡る問題で世間が喧々諤々となるのも、人の本質が見えて恐ろしくなる瞬間があった。差別することを恥と思わない人に驚いたし、その声が少なくなかったり、うかつなことを言うと強引なくくられ方で批判者扱いされたりして、神経が疲れてしまう。そういった渦中にいる有名人がみずから命を絶った出来事もショッキングで、SNSで気軽に罵倒していた人たちが、少しでも自分の行いを振り返ってくれればいいのにと今更思う。

映画は無力かもしれない。場合によっては火に薪をくべるような状態にすらなっていたのも事実だ。でもやはりもっと根源的に、生きること自体を見据えようとした映画は、心の役に立つのではないだろうか。

青山真治監督の『EUREKA ユリイカ』は、バスジャック事件の生き残った被害者たちの話である。運転手の沢井(役所広司)、直樹と梢の兄妹(宮﨑将、宮﨑あおい)の3人は、ほかの乗客が犯人に殺害されたなか、生き残った。しかし被害を免れたものの、凄惨な出来事を経験し、元の生活に戻れなくなってしまう。沢井も兄妹の家で暮らすようになり、そこへ心配した親戚が送り込んだ、兄妹の従兄弟の秋彦(斉藤陽一郎)もやってくる。沢井は引きこもったままの若い兄妹のために、4人で中古バスの旅に出ることにした。

彼らが移動する先で通り魔殺人も起こるようになり、不気味さがついて回る。たとえ生き残っても、精神は事件の際に壊れてしまったままなのだ。しかし、そこで沢井が口にする言葉が、かろうじて生きる糧になるのではないだろうか。去年、青山監督が57歳の若さで亡くなったとき、本作を観ていた人はみな、このセリフを思い出してしまったとは思うけれども。

新作映画でも、挫折からの再生を描いた良作がある。9月15日公開のセドリック・クラピッシュ監督の『ダンサー イン Paris』だ。

主人公のエリーズはパリ・オペラ座バレエ団のエトワールを目指している。しかしその座を掴みかけた直前に、足首の負傷で二度とバレエを踊れなくなってしまう。失意の中、パリを離れブルターニュのゲストハウスで働き始めたエリーズは、宿泊するコンテンポラリーダンスカンパニーの踊りに魅せられていく。 バレエは足首に負担のかかる踊りだが、コンテンポラリーダンスはもっと自由に、不自由な部分をかばいつつ自由な動きを生かすことができる。バレエは美を追求した究極の型であるが、コンテンポラリーダンスは解放的でただ体を動かす愉楽がある。このエリーズの再生は、観客にも型から逃れて心が軽くなる喜びを与えてくれるものだ。

 

<オススメの作品>
『EUREKA ユリイカ』(2000年)

『EUREKA ユリイカ』

監督/脚本:青山真治
出演者:役所広司/宮崎あおい/宮崎将/斉藤陽一郎/国生さゆり/光石研/利重剛/松重豊/塩見三省

全編モノクロだし、3時間37分もある長編映画である。それを聞くとひるんでしまいそうだが、だからこそ家で、週末にリラックスして観るのに向いている映画だと思う。テーマは重く、バスジャック事件で生き残っても、トラウマによって人生を見失う物語だ。しかし生き方を間違えたとしても、なんとか道を正し、僅かにでも人らしく生きることはできるのではないかと、かすかな希望をもたらしてくれる映画である。

『スケルトン・ツインズ 幸せな人生のはじめ方』(2014年)

『スケルトン・ツインズ 幸せな人生のはじめ方』

監督:クレイグ・ジョンソン
脚本:マーク・ヘイマン/クレイグ・ジョンソン
出演者:クリステン・ウィグ/タイ・バーレル/ルーク・ウィルソン/ビル・ヘイダー/ボイド・ホルブルック/キャスリーン・ローズ・パーキンス/ジョアンナ・グリーソン

これは他人事とは思えず、いとおしくてしょうがない映画だ。物語は、遠く離れて暮らしていた二卵性双生児の姉マギー(クリステン・ウィグ)と弟のマイロ(ビル・ヘイダー)が、偶然同じ日に自殺未遂を犯す。それをきっかけに、10年もの間疎遠だった二人は、故郷のニューヨークで同居することにする。二人とも情緒不安定で、マイロは同性の恋人と別れたばかりであり、マギーは優しい夫がいるのにセックス依存で、つまらない性行為をしてしまい激しく落ち込んだりする。互いにギリギリで生きながら、相手を思いやる姉弟の絆に泣けてしまう作品だ。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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