樹の恵本舗 株式会社 中村 樹の恵本舗 株式会社 中村
ONLINE SHOP
MENU CLOSE
真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第58夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『フリーソロ』(2018年)
『フローズン』(09年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

スワーッと血の気が引く映画

とにかく暑くてしかたがない。台風がどこかに居座っていて湿度も高いし、日中に映画館へ行くだけでヘトヘトになってしまいそうだ。実際に数年前、渋谷駅が工事中でいつもの道が通れず、映画館まで迷子になりかけつつ遠回りして歩いたら、生まれて初めて熱中症になってしまった。関節と頭が痛くてかなりしんどかったので、皆さんも気を付けてください。

なので今日は、ホラーではないけれど、スワーッと血の気の引く映画を紹介したい。まず近年、その見た目でインパクトがあったのが『FALL/フォール』(22年)。砂漠の真ん中にただぽつんと、600メートルの鉄塔が建っているだけの構図が不安をそそる。

主人公のベッキーは夫婦でクライミングが趣味だったが、そのクライミング中に夫のダンが亡くなってしまった。立ち直れずにいるベッキーのため、親友のハンターが鉄塔の天辺まで登って、ダンの遺灰を撒こうと計画を立てる。

しかし想像以上に鉄塔の老朽化はひどく、登るにつれて足場は崩れ、部分的に鉄塔が崩壊するなど、地上に戻ることが困難な事態になっていく。天然の岩場でも突然欠けるなど、絶対の要素はないだろうが、錆び切った鉄塔はどこもかしこも、手足の力を掛けたらネジごと柱が飛びそうで、非常にひやひやする映画だった。

2018年のドキュメンタリー映画『フリーソロ』は、プロのフリーロッククライマー、アレックス・オノルドを追った作品だ。命綱もつけず、ただ身一つで高い山頂を目指して登っていく。こんなスポーツを最初に考えたのは誰だろうと不思議だが、世界中にクライマーがいるのだから、危険性を追求するのは人間の根源的な欲求なのだろうか。

これが映画であることも、観ていてずっと不安だった。大変な高所で、足場や指を置く場所を探しているときに、カメラクルーがそばにいるのは緊張感を途絶えさせてしまうのではないか? 貴重な映像を録画するとともに、映画製作者側にも大きな責任のある作品だと改めて感じた。映画内でも、途中でオノルドの良きライバルが滑落死したことが報じられる。やはり、有名なクライマーが山で事故死を遂げた例は多い。でもそんなことは重々承知で彼らは山に向かっていく。

実話を基に創作を加えた『イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり』(19年)も、初めて気球で最高高度まで上昇した二人の物語である。気球パイロットのアメリア(フェリシティ・ジョーンズ)は、事故で夫を亡くして以来ふさぎ込んでいたが、気象学者のジェームズ(エディ・レッドメイン)の熱心な依頼に応え、二人で気球の旅に出る。

初の高度に挑むため、信じがたい寒さなど想定外のことも多く、二人はたびたび命の危険に晒される。もはやどちらかが犠牲にならないと、一人も戻ることができないとなったときに、夫を亡くしてから心が空洞になっていたアメリアは、自分が犠牲になろうと考える。心の痛みはやはり、生きる気力と直結しているが、その結末は映画をぜひ観てほしい。

 

<オススメの作品>
『フリーソロ』(2018年)

『フリーソロ』

監督:エリザベス・チャイ・バサヒリイー/ジミー・チン
出演者:アレックス・ホノルド/トミー・コールドウェル/ジミー・チンサンニ・マッカンドレス

アレックス・オノルドはいつもリラックスした格好で、家もなくトレーラーハウス暮らしだった。しかし現在は映画にも登場した恋人と結婚し、家も購入して赤ん坊にも恵まれている。僧侶のような暮らしと違ったことにホッとするが、自分が恋人だったらと思うと気が気ではないだろう。彼には企業スポンサーもいるが、自然環境を守るための運動には一般人からの寄付も多い。こういった命がけのスポーツに、妻子という守るべきものの存在はどのくらい精神的な影響をもたらすものだろうか。

『フローズン』(09年)

『フローズン』

監督:アダム・グリーン
出演者:ケヴィン・ゼガーズ/ショーン・アシュモア/エマ・ベル/エド・アッカーマン/ケイン・ホッダー

じつは今回の映画の中ではこれが一押し! わたし自身、大好きで何度も観ている作品。スキー場にやって来たダン、ジョー、パーカーの3人組。ちょっと係員を騙すズルをして、遅い時間のリフトに乗り込む。だがあいにく連休前の最後の運行で、彼らの存在に気付かなかった係員は、途中でリフトを止めてしまう。三人は宙づりになったまま、極寒の中逃げ出す方法はあるのか……。水や食べ物はなし、トイレもなし、周囲は凍死する温度、地面まではかなりの距離で飛び降りるのも無理。この絶体絶命具合は夏にピッタリ!

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

Product

ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
Back