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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第56夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ』(1975年)
『地中海殺人事件』(82年)

 

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

※以下の原稿を書いたのは、7月16日の早朝でした。送信したその日の夕方、訃報が飛び込んできて大変驚きました。ジェーン・バーキンさんのご冥福をお祈り致します。

ジェーン・バーキンの逸話、映画、恋愛

ブランドバッグに興味がないので、今お値段を調べて驚愕してしまった。エルメスのバーキンは数百万円が当たり前の世界だとは……。元々は、飛行機で偶然ジェーン・バーキンの隣の席になった5代目エルメス社長が、籐の籠に雑然と荷物を詰め込んでいるジェーンを見て、声をかけたのがきっかけだった。ジェーンは「子育て中だと荷物が多くてお洒落なバッグは持てない」と嘆いた。1984年のことだというから、三人目の夫ジャック・ドワイヨンとの間に生まれた、三女のルー・ドワイヨンの養育中だろう。それを聞いたエルメスは、ジェーンのために子育て中も持てるバッグのデザインをしたのだった。ちゃんと哺乳瓶をしまえるポケットもついていた。 

まず、時々間違えている方がいるけれど、ジェーンはイギリス人だ。ドキュメントとフィクションが混じる『アニエスv.によるジェーンb.』(88年)で、ジャンヌ・ダルクを演じた際も、監督のアニエス・ヴァルダに「わたしのイギリス訛りのフランス語でジャンヌを演じていいかしら」と心配していた。
ジェーンの初婚は18歳のときだ。相手は007シリーズの音楽を手掛けた作曲家のジョン・バリー。彼との間に長女のケイトをもうけるが離婚し、68年にはフランスに渡り『スローガン』に主演する。そこで共演したセルジュ・ゲンズブールと恋に落ち、二人の事実婚状態が始まる。セルジュはそれまで既婚者の女優ブリジット・バルドーと恋愛関係にあった。背徳的な名曲『ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ』も、最初はバルドーと録音したものだ。しかしBBはそれが世に出回って夫に知られるのを嫌がり、その後新たに録音したジェーンとのデュエットのほうが有名になった。

71年に次女のシャルロット・ゲンズブールが生まれる。世代的に筆者はシャルロットと近いので、彼女の出演した映画はリアルタイムに劇場で観ていた。まだセルジュも存命で、シャルロットのアルバムのプロデュースなどもしていた。セルジュが監督し、自分とシャルロットが主演の『シャルロット・フォー・エヴァー』(86年)は近親相姦の香りが漂う内容で、こういった父親の元で育っただけに、シャルロットはタフなのだと思う。

8月4日公開の、シャルロットが監督したドキュメンタリー映画『ジェーンとシャルロット』(21年)は、様々な場所で娘と母が対話をする作品だ。セルジュについてや、父親がそれぞれ違う三姉妹の間の些細な違和感についてなどを、シャルロットが落ち着いた調子で母の言葉を引き出していく。長女のケイトは2013年にアパートから転落死し、自殺とみられていた。ジェーンがその死をずっと引きずっていることは、シャルロットにとって母の最愛の娘はケイトだったのではないか? という疑いになっていた。しかし、このドキュメンタリーはシャルロットから母への気遣いにあふれている。それもまた、どこか胸襟を開いて接することのできない一面なのかもしれないが。

<オススメの作品>
『ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ』(1975年)

『ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ』

監督:セルジュ・ゲンスブール
出演者:ジェーン・バーキン/ジョー・ダレッサンドロ/ユーグ・ケステル/ジミー・デイヴィス/ジェラール・ドパルデュー

ごみの回収業をしているクラスキー(ジョー・ダレッサンドロ)とパドヴァン。二人は男同士の固い友情で結ばれている。ある時立ち寄ったバーで、店員のボーイッシュなジョニー(ジェーン・バーキン)と出会う。クラスキーとジョニーは惹かれあうが、クラスキーのセクシャリティはゲイで、ジョニーとの関係は歪なものとなる。この時のジェーンは実際には髪が長く、切るのを拒んだため、ベリーショートのかつらを着用している。ラストのバドヴァンを加えた三角関係は、今観るとかなり女性への排他的な気配があるので、反面教師的に考えながら観るべきだろう。

『地中海殺人事件』(82年)

『地中海殺人事件』

監督:ガイ・ハミルトン
脚本:アンソニー・シェイファー
原作:アガサ・クリスティ
出演者:ピーター・ユスティノフ/ジェーン・バーキン/ダイアナ・リグ/ロディ・マクドウォール/マギー・スミス/ニコラス・クレイ

エルキュール・ポアロといえば、ドラマ版のデヴィッド・スーシェがダントツの人気だろうが、映画版のピーター・ユスティノフも悪くない。キャストも毎回豪華である。ジェーン・バーキンはユスティノフ版の『ナイル殺人事件』(78年)と、『地中海殺人事件』に出演。ジェーンはアート映画が多そうなイメージだが、こんな大衆ミステリーにも顔を出していて意外な気がする。個人的にこのポアロは、映画のあいだ中ずっと音楽が流れていて、(ちょっとは静かにしてくれ!)と思ってしまうシリーズだ。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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