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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第55夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『東京暮色』(1957年)
『セイント・フランシス』(2019年)

 

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

女性監督の描く中絶問題

最近気になるのは、#Me Too問題以降の妊娠の描かれ方だ。男性優位な社会ではいまさらこの時代に、中絶が禁止されようとしている。ピルについて調べると、日本では「病院で避妊のために処方してほしい」と言いづらい女性が多く、「生理痛の緩和のため」と言って処方を希望するようだ。本来、避妊は恥ではないのに、世間の風潮が女性に自分の体のコントロールを許さない。それに認可された薬の種類も多くはなく、副作用や値段などの問題もまだクリアできていない。

おととしから今年にかけて、女性が望まない妊娠によって中絶をする映画を一体、何本観ただろう。著名な女性の伝記映画でも、中絶が違法であった時代に闇医者にかかって中絶をする描写があった。『17歳の瞳に映る世界』(20年)、『グロリアス 世界を動かした女たち』(20年)、『あのこと』(21年)、『セイント・フランシス』(19年)など、今パッと浮かんだだけでも、これだけある。相手の男性が一切登場しない映画も多い。まるで女性が単体で生殖したくらいに、男性の責任の影がない。

『あのこと』はアニー・エルノーの原作も読んだが、自伝的作品で、小説ではさらに切羽詰まった様子で中絶を考えている。闇で手術を行うと噂のある産婦人科や、助産婦の元へ行っては追い返されるということの繰り返しが続く。その間に大学の試験の日が近づき、腹部の膨らみが徐々に目立つ気がしてくる。彼女は針金を使って自分で胎児を掻き出そうとするが、素人には激痛があるのみでうまくいくわけがない。

7月14日には『サントメール ある被告』(22年)も公開される。これは産んでしまってから、赤ん坊を殺害してしまった女性の実話を基にした映画だ。この女性も非常に優秀で、セネガル出身だが流暢なフランス語を話し、大学では言語哲学を学んでいた。撮影を『燃ゆる女の肖像』のクレール・マトンが手がけているのも話題だ。

忘れている映画や、見落とした作品もあると思うので、女性の中絶を扱った映画は、20年代に入ってからまだまだあるだろう。男性監督だが、『わたしは最悪』(21年)のヒロインのように、流産をしたことでホッとし、元の仕事に復帰する映画も精神状態的には同類であると思う。それと特殊な設定だが、ジャック・ケッチャム原作、ポリアンナ・マッキントッシュ監督の『ダーリン』(19年)では、野生児の少女が病院で保護され、言葉を覚え始めると「悪魔を殺す」と言う。悪魔とは胎児のことで、彼女は妊娠していた。野生の生活の中では出産で女性が命を落とすことが多い。そのため赤ん坊を「悪魔」と形容しているのだ。 これは決して女性たちが出産や育児を憎んでいるわけではなくて、そのために人生の大事な時期を奪われてしまうという悲鳴のようなものだ。本当に単純なことだが、ワンオペの子育ては難しく、経済的にも苦しければ女性は何かを諦めなければならない。これらの映画はただ、そういった状況から自分たちを救ってほしいと訴えているのだ。

<オススメの作品>
『東京暮色』(1957年)

『東京暮色』

監督:小津安二郎
脚本:野田高梧
出演者:原節子/有馬稲子/笠智衆/山田五十鈴/高橋貞二/田浦正巳/杉村春子

日本を代表する巨匠、小津安二郎の異色作。娘を嫁に出す爽やかな話が多い小津だが、本作はひどく陰鬱である。学生の有馬稲子は遊び人のグループと仲良くなり、そのうちの一人と付き合うようになって妊娠してしまう。それを打ち明けたとたん、その男は彼女を避けるようになってしまった。彼女がさまよう木枯らしの吹く夜が寒々しく、もの悲しい。男をやっと捕まえても「本当に僕の子なの?」と言われるやりきれなさ。救いのないラスト。

『セイント・フランシス』(2019年)

『セイント・フランシス』

監督:アレックス・トンプソン
脚本:ケリー・オサリヴァン
出演者:ケリー・オサリヴァン/ラモナ・エディス・ウィリアムズ/チャーリン・アルヴァレス/マックス・リプシッツ/リリー・モジェク

ブリジットは34歳で独身。大学は一年で退学してしまい、レストランで給仕の仕事をしている。彼女は妊娠してしまうが、悩んだすえに中絶を選ぶ。他人と比べて落ち込むことの多いブリジットは、バイトのナニー先でフランシスの世話をすることになる。雇用主はレズビアンカップルで、バリバリのキャリアウーマンだ。しかしブリジットはカップルの間の力関係に気づく……。主演兼脚本のケリー・オサリヴァンの実体験に基づく映画。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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