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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第53夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『刑事ジョン・ブック 目撃者』(1985年)
『コロニア』(2015年)

 

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

共同体がはらむ問題 『ウーマン・トーキング 私たちの選択』

6月2日、『ウーマン・トーキング 私たちの選択』(22年)が公開される。先日のアカデミー賞で脚色賞を見事勝ち取った作品だ。監督は女優であり、同時に監督としてもコンスタントに作品を撮り続け、高い評価を得ているサラ・ポーリー。製作と、出演も兼ねるフランシス・マクドーマンドや、制作会社はブラッド・ピットの社会派で知られるプランBが名を連ねる。テーマは古風な生活様式で知られる、ボリビアのキリスト教共同体のメノナイトで、実際に起こったレイプ事件をモデルにしている。

物語は2010年の出来事。電気もなく自給自足で、外部との接触は極力断っているキリスト教一派のとある村。そこで女たちが就寝時に薬を盛られ、レイプされる事件が多発する。男たちは「悪魔の仕業」と言い、レイプを否定する。だが一人の少女が暴行の現場を目撃したため、信徒の男性が逮捕された。男たちが保釈金を払うため街へ出かける2日間のあいだに、女たちは彼女たちの行く末について話し合う。ちなみにこういった宗教集団では、メノナイトからの分派のアーミッシュが有名だ。基本的に穏やかに暮らす集団だが、アーミッシュも離脱した女性が血縁者からのレイプを告発したことがあった。

#Me Too問題以降の映画らしく、女性が女性の未来を徹底的に話し合い、みずから決定する映画である。もちろん、信仰心によって最後まで意見が割れる場合もある。それもお互いに尊重し合う、個人を大事にした作品だ。ラストで彼女たちがくだすラジカルな決定も興味深い。

ただ、大枠としてメノナイトの信仰を維持した話であるため、教条的に女性たちへの束縛は残る。『ウーマン・トーキング 私たちの選択』も、長い未来を考えると、還俗しない限り限界があるのが目にみえている。(あえて集団を絶やす、という道も当然アリだとは思う。)

メノナイトでは学習を推奨しないので、彼女らが勉学をどうするのか気になる。彼女たちはその教条を改定していくのだろうか。都会で大学教育を受けて帰ってきたベン・ウィショーが登場するが、それは特例であり、女子たちが高等教育を受けることは経済的に難しいだろう。それも信仰心によって欲を出さず、慎ましく生きていくのだろうか。元々メノナイトの信仰が女性に対し抑圧的であるため、その中で女性がどこまで尊厳を主張するのか、その先も非常に気になる作品である。

6月は9日公開の『コロニアの子どもたち』(21年)もある。これはチリに実在した、ナチスの残党であるパウル・シェーファーが設立した、「コロニア・ディグニダ」の物語である。コロニアは一見、貧しい子どもたちを引き取り、豊かな暮らしをさせる楽園のように見せかけながら、裏ではピノチェト政権と手を組み、拷問や殺人を請け負っていた。また、シェーファーは小児性愛者で、彼好みの少年が優先的に入園していた。残っている映像を見ても、10歳に満たない少年たちをはべらしたシェーファーが、余暇を楽しんでいるようなものばかりだ。

ただし劇映画は再現に限界がある。『コロニアの子どもたち』も、実際にシェーファーが少年たちに自室で行った醜悪な行為を再現するわけにはいかない。そのため、合唱団に入ったり、スプリンターになる練習をしたりするシーンが続き、いまいち核心に迫れていない。演出や編集で、役者の子ども自身を傷つけることなく、何を意味するか連想させるシーンは撮れるはずなのだが、難しい問題なのかもしれない。

 

 

<オススメの作品>
『刑事ジョン・ブック 目撃者』(1985年)

『刑事ジョン・ブック 目撃者』

監督:ピーター・ウィアー
脚本:ウィリアム・ケリー/アール・W・ウォレス
出演者:ハリソン・フォード/ケリー・マクギリス/ルーカス・ハース/ダニー・グローヴァー/ジョセフ・ソマー

ピーター・ウィアー監督によるサスペンス映画。アーミッシュの村から親類を訪ねるため、駅にいた母子2人は殺人事件を目撃してしまう。刑事のジョン・ブック(ハリソン・フォード)は母子に面通しをさせるため、無理に宿泊をさせるが、犯人の一人が警察署内の人間であることに気づく。アーミッシュの村まで母子を送り届けても、警察の組織ぐるみの犯罪によってジョンの命まで危うくなる。アーミッシュの生活を詳細に描いた映画として、非常に有名な作品。

『コロニア』(2015年)

『コロニア』

監督:フロリアン・ガレンベルガー
出演者:エマ・ワトソン/ダニエル・ブリュー/ルミカエル・ニクヴィスト/リチェンダ・ケアリー/ヴィッキー・クリープス/ジーン・ワーナー/ジュリアン・オーブンデン

実話に基づいた作品。1973年、飛行機の客室乗務員であるレナ(エマ・ワトソン)はチリにやってくる。しかし軍事クーデターが起こり、恋人でジャーナリストのダニエル(ダニエル・ブリュール)が捕らえられ、「コロニア・ディグニタ」に収容されてしまう。コロニアは脱出不可能と言われる警備網が張られていたが、レナは決死の思いでダニエルの救出に向かう。『コロニアの子どもたち』でも描かれるが、監視カメラなどの防犯がとてもエグい。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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