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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第50夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(2008年)
『モンスター』(2003年)

 

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

『私、オルガ・ヘプナロヴァー』 思い込みの孤独と、本当の孤独

『私、オルガ・ヘプナロヴァー』は2016年に制作された、実話に基づく映画である。女性では珍しい、短時間で大勢を殺めた大量殺人鬼だ。
オルガはチェコスロバキアで、最後に処刑された女性死刑囚でもある。1973年、彼女はプラハの中心地で、路面電車を待つ大勢の人々に向かってトラックで突っ込み、8人が死亡、12人が負傷する大事件を起こした。現行犯逮捕され、その後23歳の若さで絞首刑に処された。
オルガは恵まれた家庭に生まれ、普通に教育を受けて育った。しかし精神的な問題を抱えていることが、早い段階で発覚する。13歳のときには薬物の過剰摂取で自殺を図り、精神科にも入院した。その後も仕事は長続きせず、トラブルを起こしてはクビになった。
映画では常にキョドキョドして、不自然に体のこわばった、上目遣いで周囲をにらむ彼女の姿が目に付く。当たり前な動作ができず、周囲に促され機械的に動くこともしばしばだ。ただし、孤独とはいえないだろう。同性愛者で行きずりの女性との性的関係も多く、裁判の最中も彼女を心配する知人が傍聴に来ている場面もある。
彼女が大量殺人を行った動機は、詩の朗読を聞いているようで、共鳴するのは難しい。その深淵に実行まで駆り立てた、「復讐」だという強い怒りや憎悪があるはずで、被害者が無関係な人々であるからこそ、人間への怒りの大きさが現れているのだろう。そして激しく欠落した、他人への想像力や生命の重みを考える人間性も。
白黒の映画はカットが早く、セリフはなくとも時に幸福なのではないかと思える場面もある。オルガの最期は諸説あるが、本作では刑務所内で拘禁反応が出ていた設定になっている。

『私、オルガ・ヘプナロヴァー』

監督:トマーシュ・ヴァインレプ/ペトル・カズダ
原作:ロマン・ツィーレク
出演者:ミハリナ・オルシャンスカ/マリカ・ソポシュカ/クラーラ・メリーシコヴァー/マルチン・ペフラート

実在する、死刑判決を受けたレズビアンの女性殺人鬼といえば、『モンスター』(03年)のアイリーン・ウォーノスを思い出す。シャーリーズ・セロンが体重を増加し、柄の悪い娼婦アイリーンを演じた映画だ。彼女は主に車道脇で、通りかかる車を引っかけて車中で仕事をする娼婦である。だがいでたちが男性をそそるものとは思えず、娼婦の記号的な化粧もしていなくて、そのことに驚かされる。ある日、彼女がたまたま寄ったバーがハッテン場でもあって、まだ若いセルビー(クリスティナ・リッチ)に誘われる。アイリーンは自分を「きれいだ」と褒めてくれるセルビーに、惹かれるようになる。
彼女はセルビーの喜ぶ顔を見るために売春を続けるが、変質者の客に暴行を受け、やむを得ず最初の殺しに手を染める。アイリーンは堅気の仕事に就こうともするが、そういったスキルがなければ雇用されるはずもなく、また娼婦に戻るしかない。セルビーの「お金はどうするの?」といった言葉や、思い通りにならず失望した顔。お金を稼ぐ苦労を知らず、気が大きくなったときのアイリーンの言葉尻を捉える、無邪気な様子が刺さってくる。2人は一種の共依存の関係にあり、アイリーンが手や体を汚すことを一手に引き受けて、関係性を持続させようとする必死さが痛ましい。
実際のアイリーン・ウォーノスの生い立ちも壮絶なものであり、彼女が他に生きる道を見つけるのが難しかったのもわかるだけに、彼女のような人が社会に順応するためのセーフティーネットがあればと思う。

<オススメの作品>
『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(2008年)

『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』

監督:若松孝二
脚本:若松孝二/掛川正幸/大友麻子
出演者:坂井真紀/井浦新(ARATA)/並木愛枝/地曵豪/伴杏里/大西信満/中泉英雄

若松孝二監督の集大成的な映画である。連合赤軍も純粋に、日本を良くするための革命を考えていたはずだった。しかし警察に追われ、強盗事件などを起こして資金や武器の調達をしながら、あさま山荘に人質をとって立てこもることになる。ここで内ゲバにより「総括」の名のもとに、仲間が一人ずつリンチによる暴行死や、衰弱死を迎えていくことになる。同志12名の死者を出した連合赤軍の中心メンバーの永田洋子は、死刑判決を受けた。この映画の制作時は脳腫瘍を患っており、2011年に獄中死している。

『モンスター』(2003年)

『モンスター』

監督:パティ・ジェンキンス
出演者:シャーリーズ・セロン/クリスティナ・リッチ/ブルース・ダーン/リー・ターゲセン/アニー・コーレイ

 シャーリーズ・セロンは、体重の増加やメイクだけでなく、やはり演技力に長けていることがわかる。蓮っ葉な物言い、目をひん剝いて喋る顔つき、大仰な手や首の揺らし方まで自分のものにして、「街にいるちょっと怖い女の人」を体現している。声がでかくてキレやすく、自分が周囲にどう見られるかを調整できないタイプの人間。殺しを繰り返し、セルビーとの仲がぎくしゃくするにつれ、彼女の挙動もさらに制御できなくなっていく、壊れ方が悲しい。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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