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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第49夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『セールスマン』(2016年)
『ボーダー 二つの世界』(2018年)

 

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

『聖地には蜘蛛が巣を張る』イランの娼婦を狙った実在の連続殺人鬼

『聖地には蜘蛛が巣を張る』は、2000~01年にかけて娼婦ばかりを狙った、実在したイランの連続殺人鬼をモデルにした映画である。犠牲者は16人にものぼった。
舞台は聖地マシュハド。テヘランと比べれば保守的な街だ。だが夜になると、派手な化粧をした女が路上で客引きをしている。戦争で寡婦となったり、親や子の面倒をみたりしなければならない女性は多いが、就ける仕事は限られている。それが必要悪のように、娼婦にしかなれない女性の存在を見逃している。
そんな女性たちを狙った連続殺人鬼が、“スパイダー・キラー”と名付けられた犯人だ。娼婦を一人殺すごとに「街を浄化するためにやっている」と、新聞記者に電話で犯行声明を出していた。

映画は冒頭から、犯人がバイクで娼婦を拾い、家に連れ込んで殺害する過程を見せる。彼の名はサイード。美しい妻と可愛い子ども二人に恵まれた、普通の家庭人だ。映画はある意味、殺人を犯すサイードのサスペンスでもある。家族が実家に帰っている間に殺人を行うので、近所に見られていないか、家に娼婦の痕跡が残っていないか、常にハラハラしている犯人の緊迫感もドラマとなっているのだ。

主人公はテヘランからやってきた女性ジャーナリスト、ラヒミ。進歩的な女性で警察にも娼婦にも、臆さず事件の調査を行っていく。彼女の大胆な捜査は、徐々にサイードを追い詰めていくことになる。ラヒミを演じているザーラ・アミール・エブラヒミは、元々はイランの国民的女優だった。しかしリベンジポルノの被害に遭い、騒ぎから投獄されそうになりパリへと亡命した過去がある。彼女自身もまた、被害者でありながら罰せられそうになった女性だった。
本作はイランでは当然、撮影許可が下りなかった。そのためヨルダンで撮影は行われている。

監督はアリ・アッバシ。彼は現在、北欧ミステリーの旗手として注目を集める監督だ。前作の『ボーダー 二つの世界』(18年)は、『ぼくのエリ 200歳の少女』の原作者ヨン・アイビデ・リンドクビストが自身の原作をもとに、共同脚本を手がけている。この、若干グロテスクともいえる、幻想的で不思議な映画によって、アッバシは第71回カンヌ国際映画祭のある視点部門でグランプリを受賞した。

この経歴からして、アリ・アッバシはてっきり北欧生まれのイラン人なのかと思っていたが、彼はスパイダー・キラーが活動していた時にはまだ、留学前でイランに住んでいたのだという。その時の強烈な記憶が、北欧に移住後も残っていて『聖地には蜘蛛が巣を張る』の制作に至った。『ボーダー 二つの世界』を撮った監督が、完全に土地柄に密着した『聖地には~』のような正統派ミステリーを仕上げたのは意外であり、それほど完成度も高い。

#MeTooの形は様々であり、過去にあった事件を掘り起こして、現在の目線で改めて問題点を問うのも大事だ。被害者の存在が闇に葬られるのは、あまりに寂しくむごい。特に他国からはわかりづらい国の、こういった事件がどう処理され、被害者がどう扱われたかを知るのは、今後どのように国際的に監視するかの軸になるし、僅かにでも弔いになればいいと思う。

<オススメの作品>
『セールスマン』(2016年)

『セールスマン』

監督:アスガー・ファルハディ
出演者:シャハブ・ホセイニ/タラネ・アリシュスティ

世界的に高い評価を得ている、イランのアスガル・ファルハーディー監督の作品。ある夫婦が新居に引っ越したその日、夫の留守中に妻が浴室で暴漢に襲われる。近隣の話では、前の住人が娼婦だったため、引っ越しに気づかず客が入ってきたのでは、と言われる。犯人捜しに奔走する夫と、忘れたい妻の間は次第にぎくしゃくしていく。
昨年、ヘジャブ(スカーフ)の被り方を咎められて逮捕された女性が、輸送車の中で暴行を受け死亡する事件が起こった。本作で妻を演じた女優のタラネ・アリドゥスティは、その死に端を発したデモを支持するツイートを何度かしたため、昨年末にイラン当局に逮捕された。今年一月に保釈されている。

 

『ボーダー 二つの世界』(2018年)

ボーダー 二つの世界

監督:アリ・アッバシ
原作:ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト
出演者:エヴァ・メランデル

本作を観て、『聖地には蜘蛛が巣を張る』と同じ監督が撮っていると思うだろうか? 主人公の税関職員ティーナは、違法な物を持ち込む人間を嗅ぎ分けるという特殊能力があった。恐れや不安のような感情が匂うらしい。彼女の手柄によって、大々的な児童ポルノを扱う組織の摘発にまで発展していく。そんな折、ティーナは自分と似た顔立ちのボーレという男と仕事中に知り合う。非常に気になったティーナは、旅人だというボーレを自宅に招く。ラストまで不思議で孤独な物語だ。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

 

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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