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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第44夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『ハッピーエンドの選び方』(2014年)
『君がくれたグッドライフ』(2014年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

尊厳死の映画

映画監督のジャン=リュック・ゴダールが、昨年の9月13日に死去した。91歳だった。特にその最期に、尊厳死を選んでいたことがわかり、世界中に少なからず衝撃を与えた。ゴダールはフランスで活動した監督だが、出身国はスイスである。フランスは自殺ほう助に厳しい国なので、ゴダールも祖国に戻って最期を迎えた。尊厳死を行う団体ももちろん大変慎重に審査を行う。強い意志の表明や、尊厳死を選ばずにいられないような重病の診断書などを要し、やはり簡単には死ねない仕組みになっている。それに、かなりお金もかかる。

近年、世界中で尊厳死を扱う映画が増えてきた。リオネル・ジョスパン元フランス首相の母も尊厳死を選択しており、娘で作家のノエル・シャトレがそのことを「最期の教え」という書物にまとめている。この本が映画化されたとき、「最期の教え」というタイトルが、邦題は『92歳のパリジェンヌ』に変えられて、ポスターにまったく関係ないエッフェル塔があしらわれていたのは、さすがにひどいセンスと思ったが。宣伝会社は、日本人女性はエッフェル塔が出てきて、パリの空気を味わえないとフランス映画を観ないと思っているのだろうか。

これから、2月3日に公開となるフランス映画『すべてうまくいきますように』も、父親の尊厳死を巡って娘役のソフィー・マルソーが四苦八苦する。父は脳梗塞の後遺症で体の自由がきかないため、弁護士や尊厳死協会との打ち合わせはすべて彼女がし、フランスでは不可能なためスイスで最期を迎えることになる。だが親族からは「安楽死なんてとんでもない!」と反対を受けたり、父の元恋人がやってきたりとトラブル続きだ。本人の意志は頑なで、もう絶対に尊厳死で死ぬのだと決定事項のように思っている場合、だいたい周囲の怒りの矛先は、「説得が足りない」などと身近な家族に向けられるものである。よく、脳死を死とするかの判断で、家族は了承しても、突然親族がやってきて反対されるという話もよく聞く。父の別居中の妻がパーキンソン病を患っている設定も、尊厳死の線引きの難しさを訴えている。

この原稿で、わたしは尊厳死という言葉を選択して使っているが、これもわたしの主張の一部であり、抵抗を覚える方もいるだろう。ゴダールの死も、報道では自殺ほう助という表現がもっとも多く使われていたと思う。宗教や生き方の主義で、尊厳死に抵抗を覚える人も多いのはわかる。ただ自殺ほう助という表現も、尊厳死を補助する団体に対する、どことなく抑圧的な意図を感じてしまう。

リチャード・フライシャー監督の『ソイレント・グリーン』(73年)は、2022年が舞台のディストピア映画だ。この映画にも希望者に安楽死を施す「ホーム」という施設が登場する。これが、じつは意外な役割を果たしているのだが……。実際の2022年はこの映画ほど貧しくはなく、人口も都市で食糧難になるほど増加しなかった。ただしこの映画を観ていると、(いつか『ソイレント・グリーン』みたいなことになるのかな~)と定期的に思ってしまう。

<オススメの作品>
『ハッピーエンドの選び方』(2014年)

『ハッピーエンドの選び方』

監督:タル・グラニット/シャロン・マイモン
出演者:アリサ・ローゼン/イラン・ダール

イスラエルの映画は洒脱なものや都会的な空気を持った作品が多い。本作も尊厳死をユーモラスに描いて、第71回ベネチア国際映画祭で観客賞を受賞している。老人ホームに暮らすヨヘスケルの趣味は、みんながちょっとだけ幸せになる発明。延命治療に苦しむ親友からの依頼で、あくまで内密に安楽に死ねる装置を作ったところ、なぜか話が広まって思いがけず依頼が殺到してしまう。そんな中、ヨヘスケルの妻の認知症が悪化していく。尊厳死を扱いながら、クスクス笑えてしまう映画。

『君がくれたグッドライフ』(2014年)

『君がくれたグッドライフ』

監督:クリスティアン・チューベルト
出演者:フロリアン・ダーヴィト・フィッツ/ユルゲン・フォーゲル/ミリアム・シュタイン/ハンネローレ・エルスナー

尊厳死を望むのは高齢者だけとは限らない。不治の病に侵された若者が、自分らしく振舞え、喋れるうちに命を終えることを望んで尊厳死を選択する場合がある。本作はドイツ映画で、尊厳死の場はベルギーとなっている。筋萎縮性側索硬化症と診断されたハンネスは、毎年自転車旅行をする仲間を誘い、尊厳死への旅のひと時を過ごそうとする。若いだけに、仲間は彼の意志を尊重しようとしつつも動揺が隠しきれない。同じ病で闘病を続ける人も多いだけに、何が正解か答えを引きずる映画。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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