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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第43夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『鴛鴦歌合戦』(1939年)
『昨日消えた男』(1964年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

新春!たまには楽しい時代劇映画を

いまの時代、日本の古い映画をわざわざ観るのも億劫になっているだろう。刺激も足りなさそうだし、間延びして退屈なのでは?と思われたりしそうだ。実際、いま旧作邦画はこのままでは廃れてしまいそうな危機的状況にある。配信が中心となってきた現在では、時代劇を観ている老齢の方々は、おいそれと簡単に観られなくなってしまった。街のレンタルビデオ屋は次々と閉店し、DVDを買おうにもソフトを売っている店がない。高齢者はネット通販が気軽にできる世代ではないのだ。

配信を買うのは若者が中心だ。そうなると配信する側も、若い世代向けの映画が中心となり、時代劇の配信は後回しになってしまう。それに昔ながらの映画会社は誇りがあって、気安く配信チャンネルに作品を出さないのも、宝の持ち腐れを加速させている。こういうクラシックの名作を気軽に配信で観られれば、若い世代にも市川雷蔵や中村錦之助の良さが伝わると思うのに、もったいないことである。誰かが語り継いでいかなければ絶えてしまうので、見やすい環境で情報をシェアしていけるようにしないと、日本の名作映画が本当に忘れ去られることになりかねない。

とりあえずタイトル通りに戻って。
正月といえば、マキノ雅弘監督の『鴛鴦(おしどり)歌合戦』(1939年)が70分程度だし、オペレッタ作品でにぎにぎしさも格別だから、新春にはオススメだ。主演は片岡千恵蔵で、黒澤明映画の重鎮、志村喬や、ディック・ミネらが出ている。女優陣も全員可愛らしい。時代劇だがジャズやポップスにのせて俳優たちが歌い、物語は快調に進む。娘たちはみんな浪人の片岡千恵蔵に片想いをしていて、彼の方はテレなのかはっきりしない態度を取る。千恵蔵の隣家の志村喬は骨董が好きで、いつも偽物を買わされている。そこへ、殿様のディック・ミネがぶらりと町の散策にやってくる。ちゃんと大団円でカーテンコールまである、楽しい時代劇だ。

同じくマキノ正博(マキノは頻繁に改名をした)監督と、黒澤明の映画の脚本を担当していた小国英雄による、1941年版の『昨日消えた男』もすこぶる面白い。小国はミステリー好きだったので、ダシール・ハメットの『影なき男』の翻案に挑戦しており、その発想もモダンだ。主演の長谷川一夫が山田五十鈴にビンタをするシーンがあるのだが、ペロンペロンと手のひらで頬を撫ぜるだけの愛撫で、世界一優しくて可愛いビンタなのである。しかし、本作はソフト化も配信もされていない。もし劇場や、BSでかかるようなことがあればぜひ観ていただきたい。

森一生監督が1964年に一応リメイクというか、『昨日消えた男』という同名映画を撮っている。脚本は41年版と同じく小国英雄。主演は市川雷蔵。ある種の部分は41年度版を下敷きにしているが、物語はまったく違ったものになっている。それでも、この作品もとても面白いのでぜひ観てほしい。こちらはDVDも配信もどちらもある。

悔しい話ばかり書いて申しわけないが、この路線で、マキノ監督+小国英雄で『待って居た男』(1942年)という面白いミステリー映画がある。タイトルもかっこいい。これもまた市川雷蔵主演、脚本小国英雄で『女狐風呂』(1958年)としてリメイクされている。だが、この2作ともソフトも配信もないのだ。邦画に関しては、面白い映画を観られない状態のままにしてどうする!と腹が立ってしまう。

<オススメの作品>
『鴛鴦歌合戦』(1939年)

『鴛鴦歌合戦』

監督:マキノ雅弘
脚本:江戸川浩二
出演者:片岡千恵蔵/市川春代/志村喬/遠山満/深水藤子/ディック・ミネ/香川良介/服部富子/尾上華丈/石川秀道

マキノは早撮りで有名だった。本作の撮影が始まる頃、片岡千恵蔵が急病を患ってしまったが、なんとか少ない撮影で、それでも出番がそれなりにあるように見せる工夫がされている。この映画の実質の撮影期間はマキノいわく「一週間ほど」。マキノには有名な『映画渡世―天の巻、地の巻』という2巻立ての自伝があるのだが、大変面白い代わり、この語りもエンターテインメントなのではないか、と思ってしまう。有名な監督や俳優たちの自伝は話半分に聞いておこう。

『昨日消えた男』(1964年)

『昨日消えた男』

監督:森一生
脚本:小国英雄
出演者:市川雷蔵/高田美和/藤村志保/宇津井健三/島雅夫/成田純一郎/島田竜三

市川雷蔵主演によるリメイク版である。話は相当変わっているので、ほぼ別の映画である。市川雷蔵は37歳で夭折した俳優であり、代表作の「剣」三部作や、『眠狂四郎』シリーズなど、その侍姿は虚無的で冷たく、死の影が強く立ち込める俳優だった。だが、じつは明朗な演技も大変素晴らしい人で、本作のような映画だと本当に爽やかなのである。コミカルな芝居をしている時も可愛らしいし、若い女性で雷蔵にはまる人が出てほしい。こちらも各作品の予告がネットにあがっていないので、制作会社の大映が近々企画している「大映4k映画祭」の予告編をご覧いただきたい。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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