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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第42夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『ナイル殺人事件』(1978)
『クリスタル殺人事件』(1980)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

アガサ・クリスティの失踪事件を描いた映画

昔は「女流作家」という言葉があり、「男流」なんて言わないのに、なぜ女性だけが特別扱いされるのか、という抗議を受けてほぼ絶滅した表現となった。机に向かって物語を記していく作業に、男女で労働差があるわけもない。そのため他と比べると比較的、職業として男女比の割合はマシな方かもしれない。でも純文学では「女にしてはよく書けている」なんて上から目線の評価を受けたり、難解なテーマだと男性作家が話題を呼ぶために女性名を使っているんじゃないか、といった憶測をされたりもする。

でも、本当に優れた作家の小説は、書き手の性別を問わず売れる。読者はただ面白い小説を求めているのだ。まさにその中でもミステリの代表格がアガサ・クリスティだろう。ミステリの女王の名をほしいままにし、これまでに作品は何本も映画化、ドラマ化されている。映像化された初期の傑作では、戯曲『検察側の証人』を基にビリー・ワイルダーが監督した『情婦』(57年)が印象的だ。主演はマレーネ・ディートリッヒ。俳優たちのアンサンブルが良く、特に「あのディートリッヒが」と思わせる役どころも素晴らしかった。

その後だと、映画でクリスティ原作といえば、大スターの共演が話題の大作といったイメージになる。新旧の『オリエント急行殺人事件』や『ナイル殺人事件』など、俳優の賑やかさを楽しむ作品の傾向が強い。日本でも翻案されていて、『ホロ―荘の殺人』を野村芳太郎監督が『危険な女たち』(85年)というタイトルで映画化している。機転の利く現代女性の池上季実子と、薄ぼんやりした大竹しのぶの女優合戦や、ドロドロとした背景も見応えがある。わたしはこの殺人犯の動機はどこかいたわしくて好きな作品だ。

そんな順風満帆に売れていたアガサ・クリスティも、ある日失踪事件を起こしている。1926年12月3日、彼女は自動車で自宅を出たまま行方不明になってしまった。著名人の失踪は事故か事件に巻き込まれたのかと、大騒動となった。多数の警官が動員され、連日マスコミの報道も過熱していった。結局、アガサは11日後にホテルに滞在しているところを保護された。宿泊者名簿には、夫の愛人の名前が書かれていた。失踪理由は不明だが、母を亡くして落ち込んだあと、深く愛していた夫に若い愛人がいることが判明し、ショックを受けたためといわれている。

この一件を映画化したのが『アガサ/愛の失踪事件』(79年)だ。アガサは失踪の理由について生涯語らなかったため、キャサリン・タイナンが想像したストーリーが原案となっている。筆者はまだブラウン管テレビの時代に、赤茶けたフィルムの吹き替えで観たきりだが、身分を隠した記者役のダスティン・ホフマンと、アガサ役のヴァネッサ・レッドグレイヴが次第に人として通じ合っていくしっとりしたドラマだった。ちゃんとクリスティらしい事件の仕掛けもあり、なかなかの佳作なので、改めて配信などで観やすい状態にしてほしいと思う。

<オススメの作品>
『ナイル殺人事件』(1978)

『ナイル殺人事件』

監督:ジョン・ギラーミン
脚本:アンソニー・シェイファー
原作:アガサ・クリスティ
出演者:ピーター・ユスティノフ/ベティ・デイヴィス/マギー・スミス/ミア・ファロー/アンジェラ・ランズベリー/ジョージ・ケネディ/オリヴィア・ハッセー/ジョン・フィンチ/デヴィッド・ニーヴン

最近の同タイトルといえば、ケネス・ブラナーが監督兼ポアロの作品を指すが、たまには古い方もいかがだろうか。『ナイルに死す』を原作にした、こちらのバージョンも豪華キャストで、ポアロをピーター・ユスティノフが演じるほか、ミア・ファロー、ジェーン・バーキン、ベティ・デイヴィス、オリヴィア・ハッセー、ジョージ・ケネディ、マギー・スミス等々、顔ぶれを見ているだけでも楽しめる。監督は『タワーリング・インフェルノ』(74年)のジョン・ギラーミン。

『クリスタル殺人事件』(1980)

『クリスタル殺人事件』

監督:ガイ・ハミルトン
脚本:ジョナサン・ヘイルズバリー・サンドラー
原作:アガサ・クリスティ
出演者:アンジェラ・ランズベリー/ジェラルディン・チャップリン/トニー・カーティス/エドワード・フォックス/ロック・ハドソン/キム・ノヴァク/エリザベス・テイラー/ヒルデガード・ニール/ピアース・ブロスナン

原作は『鏡は横にひび割れて』。こちらもエリザベス・テイラー、トニー・カーティス、アンジェラ・ランズベリー、ロック・ハドソン、キム・ノヴァク、ピアース・ブロスナンと賑やか。これはミス・マープルもので、彼女が暮らす閑静な田舎町に、アメリカから女優が引っ越してきたことに始まる。本作は事件のきっかけが他愛もない無知のもたらした悲劇で、どのバージョンを観ても陰鬱とした気分になってしまう。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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