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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第39夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『ファンタスティック・プラネット』(73年)
『スキャナー・ダークリー』(06年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

ストレンジな海外アニメ映画

国内だけでなく、円安の影響で海外からも秋葉原に爆買い客が訪れている、日本のアニメ人気の高さ。日本人にとっても、様々な広告にアニメ絵が起用されて、もはや見慣れた日常の光景になった。そうなると、今度は海外のアニメが、いかにそれぞれ個性的かを強く感じるようになる。特に映画に馴染んで暮らしていると、風変わりなアートアニメに接することが多い。

『ファンタスティック・プラネット』(73年)は、フランスのSF作家ステファン・ウルの長編小説を、マンガ家のローラン・トポールが脚本と作画を担当したもの。同じく脚本も兼ねた監督はルネ・ラルー。ローラン・トポールは小説も書いていて、ロマン・ポランスキーがみずから主演したホラーサスペンス映画、『テナント/恐怖を借りた男』(76年)の原作も担当している。
『ファンタスティック・プラネット』は、青くて耳がエラ型で、赤い目をした巨大なドラーグ族が、人間型のオム族を蟻のように弄んでいる世界である。ドラーグ族は瞑想が大事な習慣で、球体に入って宙に浮きどこかへ瞑想に向かう。家でも瞑想は頻繁にし、ほかの人と縞模様になったり、液化した体が交じり合ったりして瞑想に耽るシーンはとてもサイケデリックだ。この絵柄を観ているだけでもゾクゾクしてくる。
日本だと同じ73年には、虫プロが制作した『哀しみのベラドンナ』がアート映画として高い評価を受けている。むしろ海外での人気が高く、近年もCGリストアしてリバイバル上映もされている。非常に愛のこもった公式サイトも作られていて、確かに作品の雰囲気も日本より海外が似合いそうだ。

アニメは実験的にサイケデリックな表現を用いても違和感がない。リチャード・リンクレイター監督の『スキャナー・ダークリー』(06年)は、俳優によって撮影した実写映像をトレースし、アニメーション化するロトスコープという技法が用いられている。本物の俳優たちが太い線で縁取られ、ヌラヌラと動く感じは異様な印象を受ける。しかし、麻薬でイカれた感覚に満ちたこの映画に、ロトスコープはじつにはまっていた。実写ではこの映画の不安定な切なさは醸し出せなかっただろう。
麻薬摘発の潜入捜査官フレッド/ボブ(キアヌ・リーブス)は、中毒者たちに馴染むためにみずから麻薬中毒になりつつ、友人たちの誰が密売人なのかを見張っている。しかし思いがけず自分自身が密売人として密告されてしまった。上官も捜査官の素性を知らないがゆえに、フレッドは自分自身であるボブを監視する命令を受ける。
キアヌが変わり者なのは有名な話だが、共演者たちもロバート・ダウニー・Jr、ウディ・ハレルソン、ウィノナ・ライダーと、全員お騒がせ俳優ばかりだ。完全に狙ったキャスティングであり、非常にスリリングである。それと同時に、彼らは偶然生き延びた者だ。共演者には麻薬で若くして命を落とした俳優たちや、道を逸れた者が何人もいたなかで、かろうじて死ななかった者。フィリップ・K・ディックによる原作の『暗闇のスキャナー』は、映画では簡略化されていたが、小説はエンディングで羅列された友人の名前と、病名や死因に泣けてしまう。麻薬でいっときハイになることは、ただの楽しい遊びのはずだったのに、思いがけず重いツケが回ったことの儚さに、胸が締め付けられる。そんなはずじゃなかった、大ごとになってしまう取返しのつかなさは、楽しい時が美しいほど切なくなる。

<オススメの作品>
『ファンタスティック・プラネット』(73年)

『ファンタスティック・プラネット』

監督:ローラン・トポール/ルネ・ラルー
出演者:ジェニファー・ドライク/エリック・ボージャン/ジャン・トパール/ジャン・ヴァルモン/シルヴィ・レノア

ドラーグ族の子どもが、オム族の母子を弄んでいるシーンがゾワゾワしてしまう。まさに我々が小さいころ、昆虫をつつき回して遊んでいるうちに殺してしまうのと同じだ。ただ、もう少しオム族は知能があり、ペットのように飼われたりもする。ペットにいろんな装飾品をつけて楽しむ少女の可愛がり方も、気に入っているのがわかって可愛らしいのだが、オム族の子どもはそんな生活を望んではいないのだ。何度観ても怪しげで魅力的なアニメ。

『スキャナー・ダークリー』(06年)

『スキャナー・ダークリー』

監督:リチャード・リンクレイター
出演者:キアヌ・リーヴス/ロバート・ダウニー・Jr/ウディ・ハレルソン/ウィノナ・ライダー/ロリー・コクレイン

今から7年後の近未来。社会には「物質D」という強力なドラッグが蔓延し、社会問題化していた。覆面麻薬捜査官フレッド=本名ボブ(キアヌ・リーブス)は、ジャンキーを演じながら麻薬中毒者の一味に潜入する。しかし「ボブが密売人だ」というタレコミがあり、フレッドはボブを、つまり自分自身を監視する羽目になる。麻薬の混乱によって境目が失われていき、ボブは自分自身がわからなくなっていく。決して暗い映画ではなく、なんとなく共同生活の楽しさが漂うがゆえに、その崩壊が虚しい。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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