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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第32夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『ペーパー・ムーン』(1973年)
『スター80』(1983年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

オードリーとあるプレイメイトの死

オードリー・ヘプバーンが恋多き女性だったことは前回記したが、誠実な伴侶に恵まれなかったゆえのことだ。二人目の夫アンドレア・マリオ・ドッティが若い女性と浮名を流す中、ヘプバーンは映画界にゆっくりと復帰した。あくまで子どもとの生活を優先しつつ、1979年には『華麗なる相続人』に主演する。本作はあまり優れた出来ではなかったが、この撮影中にヘプバーンは共演者のベン・ギャザラと不倫の恋に落ちた。

映画監督のピーター・ボクダノヴィッチは二人の恋を知り、彼らを主人公にした『ニューヨークの恋人たち』(81年)を企画する。ところがこの映画は大変な波乱をはらむこととなる。まず、この映画の撮影に入るころには、ベン・ギャザラはすでにヘプバーン以外の女性と恋愛関係になっていた。またヘプバーンも籍こそは入れなかったものの、80年に最後の伴侶となるロバート・ウォルダーズと出会っている。ドッティとは82年に離婚が成立するという、恋愛関係の非常にもつれた時期になっていた。

監督のボクダノヴィッチも、本作の脇役で予定されていた元プレイメイトのドロシー・ストラットンと恋愛関係になった。そのため脚本はドロシーが主演レベルに書き換えられ、ヘプバーンが群像劇の一人といった出演量になってしまった。ただしドロシーには、彼女をプレイメイトとして売り出した、ヒモの夫ポール・スナイダーがいた。ドロシーはボクダノヴィッチと同棲を始め、そのためスナイダーは探偵を雇い、ドロシーを監視するようになる。この『ニューヨークの恋人たち』の内容は、二人の不貞を疑われている人妻たちと、彼女らを尾行する探偵社の男たちのロマンティックコメディで、なんとも現場の雰囲気ともリンクした物語だ。

しかし本作の撮影直後、ドロシーがスナイダーに殺害され、スナイダーも自殺を遂げるという恐ろしい悲劇が起こる。そのため本作は、軽やかな恋愛劇にかかわらず、とても忌まわしいイメージをまとってしまった。20歳という若さで亡くなったドロシー・ストラットンの人生は、83年に『スター80』という映画になっている。監督のボブ・フォッシーはブロードウェイの振付師として有名で、舞台『シカゴ』も彼の作品だ。女性芸人のゆめちゃんがやっているあの「シカゴ」というと、若い人には伝わりやすいだろうか。『スター80』はラストの無理心中のシーンを、実際の殺害現場で撮影するという、なんとも憂鬱な凝り方をした作品だった。

ちなみにボクダノヴィッチはその後、49歳にしてドロシー・ストラットンの妹のルイーズと結婚した。彼女はそのとき20歳。それも、ルイーズにドロシーと似せるための整形をさせるという、おぞましい逸話付きだ。しかし不思議と人間的な魅力があったのか、ボクダノヴィッチは映画界の友人たちに恵まれていた。彼は今年の初めに82歳で亡くなったが、晩年もドキュメンタリー映画などにインタビューで頻繁に出演していた。先日公開されたドキュメンタリー『オードリー・ヘプバーン』もそうだ。ヘプバーンはハリウッドの黄金期を代表する女優だが、元プレイメイトのドロシー・ストラットンのことを、分け隔てなく可愛がっていた。オードリー・ヘプバーンの、職業で人を見たり接し方を変えたりしない、鷹揚で優しい人柄がうかがえる逸話だ。

<オススメの作品>
『ペーパー・ムーン』(1973年)

『ペーパー・ムーン』

監督:ピーター・ボグダノヴィッチ
脚本:アルヴィン・サージェント
出演者:ライアン・オニール/テイタム・オニール/マデリーン・カーン/ジョン・ヒラーマン

ピーター・ボクダノヴィッチ監督の代表作。詐欺師のモーゼ(ライアン・オニール)は、交通事故で亡くなった恋人の娘アディ(テイタム・オニール)を、いやいやながらも彼女の叔母のもとに連れていくことになる。頭の良いアディはモーゼに負けず劣らずの詐欺の技術を見せ、次第に二人の間に親子のような情が芽生えていく。ライアンとテイタムは実際の親子であり、本作のテイタムの演技は高く評価され、史上最年少でアカデミー賞助演女優賞を獲得している。アディがお釣りの両替を繰り返し、金をちょろまかす詐欺のシーンは目にも鮮やか。

『スター80』(1983年)

『スター80』

監督:ボブ・フォッシー
出演者:マリエル・ヘミングウェイ/エリック・ロバーツ/クリフ・ロバートソン/キャロル・ベイカー/ロジャー・リース

ドロシー・ストラットンがプレイメイトとして人気者になり、女優の座を掴んだところでヒモのポール・スナイダーに殺害されてしまった、20年という短い生涯の映画化。自分では何もしないのに、虚栄心ばかり強い夫をエリック・ロバーツ、ドロシーをアーネスト・ヘミングウェイの孫であるマリエル・ヘミングウェイが演じている。ドロシーは離婚にむけて話し合いをするため、夫のポールのもとを訪れた際に無残にも殺害されてしまった。非常にやりきれなく寒々しい気持ちになる作品だが、その虚しさが一度観ると忘れがたい。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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