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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

真魚八重子「映画でくつろぐ夜。」 第26夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『イヴ・サンローラン』(2014年)
『SAINT LAURENT/サンローラン』(2014年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

イヴ・サン=ローランを巡る3本の映画

 今年1月19日、フランスの人気実力派俳優がスキー中の衝突事故で亡くなった。ギャスパー・ウリエル、享年37。まだ若く、春から放映が始まったマーベルスタジオの新作ドラマ『ムーンライト』が遺作となってしまった。
 ギャスパー・ウリエルは2014年の『SAINT LAURENT/サンローラン』(監督:ベルトラン・ボネロ)で、主役のイヴ・サン=ローランを演じている。しかし、じつは2014年にはもう一本、同じくイヴ・サン=ローランの伝記映画『イヴ・サンローラン』が制作されている。こちらの監督はジャリル・レスペール、主演はピエール・ニネ。同じ人物を描いた伝記劇映画が、同じ年にぶつかるのも珍しいことだ。どちらも安定した出来なので、演出のタッチで観客の好みは別れるだろう。

『イヴ・サンローラン』はイヴ・サン=ローランと長年、公私にわたってパートナーだった同性の恋人ピエール・ベルジェとの愛憎劇を描く。1960年、イヴはディオールの新進若手デザイナーとして世に出たとたんに、アルジェリア独立戦争に徴兵された。イヴはその軍隊生活のストレスから重度の精神衰弱を発症し、精神病院に入院。薬物療法や電気ショック療法などを受けた。
デザイナーとして復活後も、イヴは元々うつ病の気質で、毎年プレタポルテだけで2回、最新作のシリーズを発表しなければならない重圧に心を蝕まれていた。そのはけ口としてイヴはドラッグとアルコールに耽溺していく。またハッテン場での放埓な私生活や、ピエールに対し隠すこともしない浮気など、二人の愛情関係にも亀裂が入っていく。アーティストとしての創造の苦しみに煩悶するイヴ・サン=ローランを恋愛面から描いた作品だ。
 
『SAINT LAURENT/サンローラン』はイヴ・サン=ローランの日常に寄り添った、何気ない瞬間を切り取ったスケッチのような作りだ。『イヴ・サンローラン』はきっちりと名乗る瞬間から始まる出会いや、恋に落ちた日といった節目の出来事を描いていくが、『SAINT LAURENT/サンローラン』はもっと断片的にイヴのアトリエ作業、イヴと仲間の行きつけのクラブでの様子、CMのような不思議な映像、友人との他愛ない会話などを切り取っていく。映画的には手法が異なるので甲乙つけがたいが、意識の流れを切り取った編集の『SAINT LAURENT/サンローラン』の方が、映画的には洒落て見えるかもしれない。

もう一本、2010年制作の『イヴ・サンローラン』というタイトルの作品があり、同名でややこしいのだが、こちらはドキュメンタリーだ。イヴと、彼の最後まで伴侶であったピエール・ベルジェは美術品のコレクターであった。しかしイヴが2008年に亡くなり、残されたピエールも自分の亡くなった後のことを考え、2人で収集した絵画や彫刻などの美術品を競売にかける様子を捉えた映画だ。
ただ、ドキュメンタリーが真実かというと、じつは微妙なものである。もちろん、ある部分は本人が映っているのだから真実ではある。しかしパートナーとしては、自らの口から語りたくない醜聞などもあるし、当然イヴの浮気には触れない内容となる。そのため、この3本の中では一番表面的な作品に仕上がっている。美術コレクションは錚々たるものなので、それを鑑賞する楽しみはあるが。意外にドラマの方が現実には肉薄していたりするものなのだ。

<オススメの作品>
『イヴ・サンローラン』(2014年)

『イヴ・サンローラン』

監督:ジャリル・レスペール
脚本:ジャック・フィエスキ
出演者:ピエール・ニネ/ギョーム・ガリエンヌ/シャルロット・ルボン/ローラ・スメット/マリー・ストリース/ニコライ・キンスキー/ルーベン・アウヴェス

 本作は劇映画で、時系列通りに出来事が進んでいくわかりやすい構成になっている。まずはイヴが21歳の若さで、ディオールの主任デザイナーになったところから物語は始まる。本作ではイヴの性対象について、モデルたちの「彼が好きなのは男よ」といった解説的なセリフが入るタイプの映画だ。アーティストを主題として扱っているが、映画の手法としてはごく一般的な作品に仕上がっている。だが愛憎劇としては深く、愛しているのに自己中心的にしか振る舞えないイヴと、男性的な抑圧が強いピエールの傷つけあう日々が、恋愛映画として痛くて苦しい。

『SAINT LAURENT/サンローラン』(2014年)

『SAINT LAURENT/サンローラン』

監督:ベルトラン・ボネロ
脚本:トーマス・ビデガン/ベルトラン・ボネロ
出演者:ギャスパー・ウリエル/ジェレミー・レニエ/ルイ・ガレル/レア・セドゥ/アミラ・カサール

 逆に、アーティストであるイヴ・サン=ローランに敬意を払い、映画の手法もアーティスティックであろうとしたのが本作だろう。大きなフォントで年度のクレジットが入りつつ、自由自在に時代は飛んで描写される。ときに老境の侘しいイヴも姿を現すが、特に説明的なセリフは入らない。しかし観ていれば背景の美術コレクションでイヴの部屋だとわかるし、時系列が曖昧なシーンも描かれたものから自然と状況は掴めていく。『イヴ・サンローラン』が男性同士のキスシーンで同性愛を示すとするならば、本作は男性が男性にチョコレートをプレゼントする親しさに恋愛関係を表していると言えよう。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画著述業。『映画秘宝』や『キネマ旬報』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
共著に『鮮烈!アナーキー日本映画史1959~1979』(洋泉社)、
『日本映画は生きている 監督と俳優の美学』(岩波書店)、『戦う女たち』
(作品社)などがある。
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