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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

真魚八重子「映画でくつろぐ夜。」 第19夜

Netflixにアマプラ、WOWOWに金ロー、YouTube。
映画を見ながら過ごす夜に憧れるけど、選択肢が多すぎて選んでいるだけで疲れちゃう。
そんなあなたにお届けする予告編だけでグッと来る映画。ぐっと来たら週末に本編を楽しむもよし、見ないままシェアするもよし。
そんな襟を正さなくても満足できる映画ライフを「キネマ旬報」や「映画秘宝」のライター真魚八重子が提案します。

■■本日の作品■■
『セーラー服と機関銃』(1981年)
『エルミタージュ幻想』(2002年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

ワンカットと映画2

そんな遠い記憶ではないが、映画は昔フィルムで上映していた。映画館の映写機は、基本的には1時間分程度のフィルムしか設置できない。だから映画館には映写機が2台あった。それを観客に気づかれないように、途中で切り替えて映写するのだ。

映画会社から送られてくるフィルムは小巻で10~20分程度なのだが、それを何巻かつないで映画館の大きなリールに巻き取る。そうすれば、2時間程度の映画なら1~2回の切り替えだけで上映できる。小巻のまま、20分に一度の切り替えで上映してしまうと、人為的なミスの回数も増えてしまうので、映画館の大きなリールに巻くのが普通の上映スタイルである。

そういった映写技師の姿を描き、映画愛に満ちた作品として知られる『ニュー・シネマ・パラダイス』(88年)。じつはこの映画、映画館を舞台にしながら大変な間違いがある。映写室に映写機が一台しかないのだ。これでは一時間以上の映画を、途中で停止せずには上映できなくなってしまう。映画撮影において映写室をデザインしたり、セットを作ったりするのは美術さんの仕事だろうが、映写とは確かに縁遠いかもしれない。随分初歩的な間違いなものの、映画に携わる人間にも互いの作業を理解していない部分があるのだなあと、妙な納得をしてしまう。

元々最大でも1時間で切り替えが来てしまう時点で、映画は全編ワンカットで行うのは不可能な芸術だった。しかし技術の進歩とともに撮影や映写がデータ化されていくと、全編ワンカットが可能になった。早かったのは、ロシアのアレクサンドル・ソクーロフ監督による『エルミタージュ幻想』(02年)だ。エルミタージュ美術館を舞台に、ロシア史をファンタジックに全編ワンカットで追っていく作品で、今観ても圧倒的である。

『エルミタージュ幻想』も撮影の裏側を見てみると、カメラがデータになったと言いつつ、撮影の手法自体は変わっていない。俳優たちを流麗に写すためには、カメラマンが流麗に動くしかないので、ワンカットのために今まで以上に過酷な肉体労働となる。文明が進んでいるのか、そのために逆に退化しているのか、なんだかわからない状況である。でもそのくらいしないと、あえてカットをわらない意味も現れてこないのだ。(どうやって撮影しているんだろう?!)という謎ときをしたくなったり、その豪快さにワクワクしたりする映画はやはり面白い。

逆に、じっと腰を据えてカメラを動かさない強気なワンカットですごいと思ったのは、タル・ベーラの諸作品だ。『サタンタンゴ』は7時間を超える大作でありながら、長回しばかりでカット数はあまり多くはない。本作では冒頭近くに室内から窓を写すカットがあり、最初は薄暗いのだが、徐々に曙光によって窓の輪郭やカーテンが鮮明になっていく。本当の朝日よりは明るくなるのが早い気がするので、人工的な演出かもしれないが、曙光の変化を映画で捉えようとする心意気がとんでもなくて、理科の実験みたいじゃないかと思った。緩慢でありながら刺激的な映画だ。

<オススメの作品>
『セーラー服と機関銃』(1981年)

『セーラー服と機関銃』

監督:相米慎二
出演:薬師丸ひろ子/ 渡瀬恒彦/ 風祭ゆき

角川映画というのは本当に不思議な媒体だった。当時の薬師丸ひろ子は絶大な人気を誇っていて、アイドルのようでありつつ、出演映画は質が高く本格派の女優でもあった。『セーラー服と機関銃』は女子高生のやくざ組長という冗談のような設定だが、監督の相米慎二は自分らしさを曲げず、一種異様な映画に仕上げている。相米といえば長回しが代名詞で、本作でも野蛮なワンカット撮影が随所に出てくる。無理やりの力技すぎてカメラのピントがずれたりもしているのだが、それでもシュールで狂熱的な演出には圧倒されてしまう。

『エルミタージュ幻想』(2002年)

『エルミタージュ幻想』

監督:アレクサンドル・ソクーロフ
出演:セルゲイ・ドレイデン/ マリア・クヅネツォワ/ レオニード・モズガヴォイ

ただオールワンカットというだけではない。エキストラの数が尋常ではないうえ、カメラが彼らの間をすり抜けていく合間にも、些細な日常のドラマが彼ら全員に起こっている演出の細かさが素晴らしい。振り返って友人に微笑むとか、遠くから女友達に呼びかけるとか、ちょっと階段でつまずきそうになった恋人を支えるとか、人間的な艶やかさに魅了されてしまう。映画はワンカットの中で登場人物を次々と変えながら、ロシア300年史が綴られていく。ラストは楽しい舞踏会を終えて会場を去ろうとする、絢爛豪華な若い貴族たちの姿で終わるが、彼らはこの直後にロシア革命で殺害されたり、国を追われたりした。その儚い余韻が美しい。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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