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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

真魚八重子「映画でくつろぐ夜。」 第12夜

Netflixにアマプラ、WOWOWに金ロー、YouTube。
映画を見ながら過ごす夜に憧れるけど、選択肢が多すぎて選んでいるだけで疲れちゃう。
そんなあなたにお届けする予告編だけでグッと来る映画。ぐっと来たら週末に本編を楽しむもよし、見ないままシェアするもよし。
そんな襟を正さなくても満足できる映画ライフを「キネマ旬報」や「映画秘宝」のライター真魚八重子が提案します。

■■本日の作品■■
『トラフィック/ぼくの伯父さんの交通大戦争』(71年)
『犬ヶ島』(18年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

犬と映画

 実家では犬を飼っていた。わたしが小さい頃にやってきたのは柴犬だった。わたしには兄が二人いるが、下の兄とも八つ違いでちょっと年が離れている。兄たちが幼い頃には大きめの洋犬を飼っていたらしく、時々その名前が会話に出ることがあった。しかしわたしが生まれる前に死んでいたので、その犬の話になると微妙な疎外感を味わったものだ。わたしにとって、犬を飼うのはその柴犬が初めてなのに、家族には経験があって犬に慣れているのは不思議な感じがした。

 柴犬は父が武蔵と名付けた。でもそのうち、父以外はムーと呼ぶようになった。武蔵よりムーの方が語感は断然カワイイ。ムーに関して一番強烈に覚えているのは、わたしがアンパンを食べようとしていたとき、まさに口へ持っていく瞬間に突然ムーが飛んできて、パンを横取りされたことだ。自分でも意外だが泣いた。アンパンが食べられなかった悔しさからではなくて、突然かっさらわれた動的なショッキングさと、犬の鼻先がこれまでになく近かった驚きで泣いてしまった。いまはペットの健康を考えて、食事は決まったドッグフードしか与えないだろうから、甘い餡を口にした心配で騒ぐかもしれない。昔は、さすがに積極的に与えはしないが、盗み食いで心配はさほどしなかったと思う。雑な時代だ。

 実家ではわたしが大人になってから、二匹目の柴犬を飼った。ムーはオスだったが、今度は気性が落ち着いているメスにした。この頃、わたしは東京で経済的にたちゆかなくなって、一度アパートを引き払い実家に戻っていた頃だった。なのでまだ耳が垂れている子犬の時期から可愛がって、名前もわたしがオトと名付けた。最初、父は「ダンにしよう」と言っていたが、メスにダンはなんだか可哀想だ。

 実家住まいでアルバイトをしながら、暇な時間はオトを散歩に連れていった。わたしは方向音痴なので、最初に飛ばしすぎると帰り道を見失ってしまい、なかなか帰れないときもあって、オトと二人でくたびれ果てて、トボトボと帰宅したこともあったのを思い出す。オトは優しい性格の犬だった。わたしが落ち込んだときにオトを抱きしめると、何かを察したようにじっとされるがままになっていて、長い時間オトを抱えていたこともある。温かくて柔らかい生き物に触れていると、気持ちが落ち着くのは本当だ。

 お金を貯めて、再び上京することにした。オトと離れなければいけないのが、一番心残りで悲しかった。人間ならば別れを告げ、心してもらうことができるけれど、犬にはそれが伝えられない。明日からもわたしがご飯をくれ、散歩に連れて行ってくれると思っているだろう。犬にとって今日、とか明日、という概念がどうなっているかはわからないけれど。犬はどれだけ飼い主の姿を見ないと、不自然に感じ始めるんだろう。寂しさという感覚はどのくらいで生まれるものなんだろうか。別れの日、オトはわたしを見上げながら、いつものように散歩に連れていってもらえると思い、嬉しそうな顔でクリクリに巻いた尻尾を小刻みに大きく振っていた。

 上京後は、やはりオトが死ぬまでに、帰郷した数回しか会えなかった。ペットとの別れは本当に思い出してもつらい。でもそれは、やはり愛し愛されて睦まじい時間があったからこそ、別れは悲しいのだから、このつらさも大事な記念なのだと思う。

『トラフィック/ぼくの伯父さんの交通大戦争』(71年)

『トラフィック』

監督:ジャック・タチ
出演者:ジャック・タチ/マリア・キンバリー/マルセル・フラバル/オノレ・ボステル/フランソワ・メゾングロス

 ジャック・タチ監督の映画はいつ観ても幸せな気分になる。可愛らしさ、楽しさに溢れ、サイレント喜劇風なタッチが疲れた日常においては、心地よい穏やかな笑いで落ち着く。本作のタチ演じるユロ氏は自動車の設計技師。オランダのモーターショーへキャンピングカーを届けることになるが、その道のりはてんやわんやとなる。

 タチの映画の犬たちは、大事なバイプレイヤーである。人間とはまた違う地べた寄りの意外な関係性を見せてくれ、ときにコントをつなぐ微笑ましいブリッジともなる。特に『トラフィック』では、広報係の颯爽としたアメリカ人女性マリアが連れている、毛がモサモサの愛犬ピトンが良い。地元の青年たちが、ピトンを使ってちょっとした悪いいたずらをするシーンも、その顛末がいとおしい。みんなで宇宙遊泳の中継を観る、本筋と関係のない場面の寄り道加減など、タチの映画はシュールな幸福さに満ちている。

『犬ヶ島』(18年)

『犬ヶ島』

監督:ウェス・アンダーソン
出演者:ブライアン・クランストン/コーユー・ランキン/エドワード・ノートン

 近未来の日本を舞台にした、ウェス・アンダーソンのストップモーションアニメ。犬インフルエンザが流行し、ペットの犬たちが離島に追いやられてしまった世界での話。犬たちが徒党を組んで暮らす島に、愛犬スポッツを探すため少年アタリが単身やってくる。

 淡々とした真顔の笑いで展開する大人の喜劇。ともかく美術が凄まじくて、精緻なコマ撮りにため息が出る。犬と飼い主の間にある友情や忠誠を言語化できるのは、パペットアニメの強みだ。

 後半は不思議な話に突入してしまうが、犬たちの個性がいとおしすぎるので、突飛な展開も許せてしまう。犬たちのハードボイルドぶりと、それでも犬らしい習性とのギャップがうまいし、アフレコをしている俳優たちの豪勢さにも目を見張る。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

Writer Writer
ライター紹介
真魚 八重子
映画ライター
映画著述業。『映画秘宝』や『キネマ旬報』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
共著に『鮮烈!アナーキー日本映画史1959~1979』(洋泉社)、
『日本映画は生きている 監督と俳優の美学』(岩波書店)、『戦う女たち』
(作品社)などがある。
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