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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

真魚八重子「映画でくつろぐ夜。」 第8夜

Netflixにアマプラ、WOWOWに金ロー、YouTube。
映画を見ながら過ごす夜に憧れるけど、選択肢が多すぎて選んでいるだけで疲れちゃう。
そんなあなたにお届けする予告編だけでグッと来る映画。ぐっと来たら週末に本編を楽しむもよし、見ないままシェアするもよし。
そんな襟を正さなくても満足できる映画ライフを「キネマ旬報」や「映画秘宝」のライター真魚八重子が提案します。

■■本日の作品■■
『おわらない物語~アビバの場合~』(04年)
『グランド・ブダペスト・ホテル』(14年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

人の顔と映画

 映画ライターや評論の仕事をしているわりに、人の顔が覚えられない。かなり致命的な欠陥だと思う。あとから資料を読んで「え、あの俳優が演じてたの?!」ということが頻繁にあって、内心危機感でゾワゾワしていたりする。それも有名な役者ならデータから辿れるけれど、そうでない俳優に関しては、ほかの作品で見かけても自分はおそらく気づいていない。本当に情けない。

 人の顔をじっと見たあと、ほかのものを見ると、早くも記憶の中で顔立ちが曖昧になっていく。思い出そうとすればするほど、特徴が消えて別の似た人の顔が交じってきてしまう。じつは仕事で会った人の顔もまともに覚えられていない。こちらは独特な顔をしているので、二度目に会っただけでもすぐ声をかけられるが、わたしは先方が誰だったかを思い出そうと必死になっているので、その失礼さは簡単に見抜かれて気まずい空気が流れる。人の顔を覚えるコツが真剣に知りたい。

 わたしが特にヘンなのは、顔を鼻筋で分けて左右を見比べてしまう癖にもある。全体像はもちろん初見で見ているものの、じっと眺めるうちについ顔を真ん中で割って、左右の目やあごのラインがアシンメトリーであることを確認してしまうのだ。人間は左右対称になっていない。特に目の形が非対称な人は多い。そうすると黒目がのぞくバランスも変わるし、左右のどちらに注目するかで表情も変わってきて見える。

 そうやって、左と右でどちらが本当のこの人らしいのかな?などと考えているから、人の顔がうまく掴みとれないのではないだろうか。それも特に暗く見えた側が気になって、さらに黒目への感情の宿り方をチェックしたりする。大体、暗く見える方がガラス玉のような、焦点の合っていない瞳になっているのを(やっぱりな)と再確認する。左右の非対称性を、ほかの人はどう処理して見ているんだろう。何か脳での統合の仕方というか、認識の仕方に自分はズレがあるのかもしれない。

 美容の記事を読んでいると「メイクで一番大事なのは、シンメトリーであること」という文言がよく出てくる。美人をメイクで作る方法として、眉や目の大きさをシンメトリーに揃えるといいらしい。中には左右の目の大きさを一緒にするため整形をする人までいるそうだ。

 でも、顔の左右非対称を探してしまう者としては、アンバランスさこそが人間味であると思う。眉の位置や目の大きさの微妙な違いも加味し、その瑕がさらに美を際立たせるものとして、魅力になっているのだ。特にメイクなどで加工のしようのない瞳でいえば、かすかな斜視が可愛らしさや、ミステリアスな雰囲気を生み出すのは知られているだろう。逆に、あまりに左右対称を徹底したメイクにしている人は、人形に近づいて無機質になっていくので、うっすらと怖い印象を受ける。

 当たり前なことだが、人間は植物や動物と同じ自然の一部だなと思う。シンメトリーの美は人工物には似合うけれど、有機物にとってはナチュラルな状態ではない。

『おわらない物語~アビバの場合~』(04年)

『おわらない物語~アビバの場合~』

監督:トッド・ソロンズ
出演:エレン・バーキン | スティーブン・アドリー・ギアギス | マシュー・フェイバー | ジェニファー・ジェイソン・リー

 たぶん世界一シニカルで、世界一正直な監督トッド・ソロンズの作品。主人公の少女アビバを、白人少女や少年、黒人の巨漢の女の子、大人の女優ジェニファー・ジェイソン・リーなど8人の俳優が演じている。シークエンスごとに主人公の見た目が変わっていくのは、人の顔を手掛かりに人物を知ろうとする習性を無効化している。

 映画はたとえそれが嘘でも、幸福なオチでしめたりしがちだ。しかしソロンズは人生がそんなものではないとあばかずにいられない。ついてない人が最後までろくな目に遭わず死んでいくような、報いのない現実を知らしめようとする。主人公アビバは、ソロンズの過去の作品『ウェルカム・ドールハウス』(95年)でヒロインだったドーンの従妹だ。本作の冒頭でドーンはレイプされて自殺しており、アビバは「自分は絶対幸せになって子供を産み、母親になる」と誓っている。そして12歳の若さで妊娠し、両親によって中絶をさせられてしまうのだ。こんな物語を悲劇のテイストではなく、突き放したポップさで描くのがトッド・ソロンズの個性である。

『グランド・ブダペスト・ホテル』(14年)

『グランド・ブダペスト・ホテル』

監督:ウェス・アンダーソン
出演:レイフ・ファインズ | F・マーレイ・エイブラハム | エドワード・ノートン

 美術へのこだわりが先鋭化していくウェス・アンダーソン。このピンクを帯びた可愛らしいホテルの、強迫神経症的なシンメトリー具合には魅了される。多くのカットが左右をほぼ対にした画になっているのだが、しかしどれも微妙にたがえた部分があって、すっきりと対称になっていない。そもそも中心線が常に左右のどちらかに寄っているのだ。シンメトリーにこだわるほどにアンバランスな要素が際立ち、自然体な見た目となっていって、優雅さにつながっている。もしこの映画の中心線が常に中央にあったら、こんなにいとおしく観られないのかもしれない。

 ウェス・アンダーソンも人間の運命の儚さを見ずにいられない監督で、ちょっとトッド・ソロンズに似た傾向があると思う。

■■本日の作品■■
『おわらない物語~アビバの場合~』(04年)
『グランド・ブダペスト・ホテル』(14年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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