「断片的回顧録ふたたび」
ここに書き起こしておかないと忘れてしまいそうな、日々の可笑しみと哀しみとその間のこと全部
11月4日
仕事場の断捨離。ちょっと早い大掃除。とある先輩に「気球が上がって行くときは、砂袋を一つひとつ捨てていくだろう? 断捨離しないと浮上できないぞ、お前」と言われたことがきっかけで断捨離。最初からモノが少ないはずなのに、ビニール袋4つ分のゴミが出た。これですこしは浮上できるだろうか……。重たい荷物を持ち上げたときに腰をやってしまい、現在横になっている。浮上……、できるだろうか。
11月5日
本格的に腰痛になってしまった。ベッドから起き上がれない。鍼に行きたいが、こんな日にかぎって、朝から晩まで拘束されている。これは困った。とりあえず貼るカイロを腰のあたりに二つ。まだ浮上出来ず。
11月9日
腰の痛み、強から弱くらいになった。鍼とマッサージ。マッサージの先生に、「あなたの腰は、わたしがいままで見てきた腰の中でも一番悪いです。岩石のような腰です」とディスられる。マッサージで、いままでで一番くらいヒドいと言われるとなんで若干嬉しいのだろう……。放っておいた原稿の納期が迫っている。考えただけでも恐ろしく、風呂に入って寝てしまった(もっと恐ろしいことになるじゃないか自分)。
11月11日
他人っていうのはホラーだ。
11月12日
レビューがつく仕事は残酷だ。ポンと誰かに書かれたレビューで心を病んでしまった人が、物を書くことを昨日辞めた。「こんなはずじゃなかった」という内容のLINEが届いた。僕もレビューで傷ついたことがある。ただ、前に「レビューは傷つく」とツイッターでつぶやいたら、待ってました!とディスるレビューを書き込まれ、傷つく前に笑ってしまった。そういう意味では、まだ傷つきに強いほうだったのかもしれない。昨日辞めてしまった人は、今年は休んで、来年から就職活動を始めるといっていた。長く生きていると、「こんなはずじゃなかった」ということが、日々すこしずつ増えていく。コップの中ですれすれ以上の表面張力で保っていた彼の「こんなはずじゃなかった」が、昨日ついに溢れてしまったのかもしれない。
11月13日
「本当のこというのは身内だけだぞ」とか「こんなこというのは俺だけだよ」なんて言葉を発する人間が、味方なわけがない。
11月22日
「んじゃまたね」が最後になることだってある。そういうことはもうわかっていたはずなのに、またそういうことになってしまった。渋谷のスクランブル交差点は、今日も祭りかなにかみたいな人の多さだ。信号が変わるたび、一回一回行き交う人々の種類が同じことはないんだ、という事実をすぐ忘れてしまう自分が憎い。