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「断片的回顧録ふたたび」

ここに書き起こしておかないと忘れてしまいそうな、日々の可笑しみと哀しみとその間のこと全部

9月3日

駒沢のBarで知り合いのカメラマンと飲んでいると、文章を書いて食べていきたいという大学生の青年に声をかけられた。彼は綺麗な女性を連れていて、カウンターで一緒に飲んでいた。こちらはテーブルで、うだうだ人の悪口かなんかを喋っているときだったので、「ああ」くらいの返事になってしまった。彼は女性のほうをチラチラと見ながら、「今、小説を書いているんです。読んでもらえませんか?」と言う。先月買った芥川賞小説もまだ読み切っていないので、なかなかハードルの高い注文だったが、なんとなくそれにも、「ああ」と答えてしまう。彼は「あ! こいつと別に付き合っているわけじゃないです」と連れていた女性の肩をポンポンと叩きながら笑う。どちらでもいいが、それにも「ああ」と答えた。僕と一緒に飲んでいたカメラマンが「せっかくだから一緒に飲みますか」と青年と連れの女性に声をかけてしまう。結局、四人で飲んで、午前三時を回る。そこにいた誰も、財布一つ出さないので最後は全額払うことになった。店を出ると、青年が僕の耳元で「実はあの子、元カノなんです」とつぶやいた。心底無駄な夜だった。

9月5日

二日酔いで起きられなかった。もう無茶な飲み方は金輪際やめたい。久しぶりに浮かれた飲みの場で散々浮かれて、ハイボールを水のように飲んでしまった。浮かれた飲みのはずが、気づいたらゴールデン街の隅っこで、リュックを枕に寝てしまっていた。コンクリート冷てええ、と思いながら四時間も寝てしまった。コンクリート冷てええ、とかいって爆睡していたのに、今日は仕事場にベッドがくる日だ。2万円も余分に払って、睡眠の質を上げるマットレスも購入。また無駄な買い物をした。

9月6日

もたれるとわかっていても、たまに食べたくなるものがある。自分の中でその二大巨頭が、ビッグマックと餃子の王将だ。今日はその二つを、いっぺんにいってしまった。渋谷で、ビッグマックセットを食べて、そのまま当たり前のように王将で餃子定食を食べた。もうなにも成長しないのに、最近は成長期のような食欲に襲われる。太るわけだ。

9月11日

自分で書いたエッセイを音読していたら、ほぼ感情に関係なく、ポロポロ涙が止まらなくなった。この仕事がつづくかどうかはわからない。ただ、ある程度は天職だったんだろうな、と今日思った。

9月14日

ディズニー・プラス・スターにてドラマ『すべて忘れてしまうから』が配信スタート。初めて書いたエッセイのドラマ化は、考えてもいなかったことで、本当にいまでも信じられない気持ち。全編フィルム撮影という贅沢さ、出演陣の贅沢さに、驚いても驚き足りない。岨手監督とご一緒できたのは、一生の思い出。

9月18日

台風が鹿児島に上陸。「過去に例がない」との文言がニュースを賑わしている。雨が打ちつける中、仕事場のプロジェクターで、映画『噛む女』を観ていた。桃井かおりと余貴美子の美しさ、脚本の素晴らしさ。TBSのディレクター佐井くんに、観たほうがいいよ、と嵐の中で連絡をしたら「DVD持ってます」と当たり前のように言われた。先日、恵比寿のイタリアンレストランがあまりに美味しくて、最近よく打ち合わせをする二十代の編集者にLINEで教えると、「あー、入社したときの歓迎会そこでした!」と元気に言われた。自分以外、みんなこの世に馴染んでいる感じがして、寂しい気持ちになることがままある。

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ライター紹介

燃え殻
テレビ美術制作会社企画、小説家、エッセイスト
1973年神奈川県横浜市生まれ。都内のテレビ美術制作会社で企画デザインを担当。2017年、『ボクたちはみんな大人になれなかった』で小説デビュー。
2021年3月、書籍『夢に迷って、タクシーを呼んだ』刊行。

【Twitter】 : @Pirate_Radio_
【Instagram】 : @_pirate_radio_
熊谷菜生
タイトルデザイン
岩手県出身。グラフィックデザイナー。主に広告や書籍のAD、デザインなど。
『相談の森』『すべて忘れてしまうから』『夢に迷ってタクシーを呼んだ』(著者:燃え殻)の装丁を担当しています。

【Twitter】:@nao_qm
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