こんな時間にかけてる電話 第15回
23時54分。この世界の何処かから聞こえる、誰かと誰かの真夜中の通話劇。
物書きと編集者
「あ、もしもしー!」
「……はい」
「あ、尾曽井さんー、今お電話、大丈夫ですかー?」
「あの、すみません、今、書いてるんで」
「もちろんもちろん! 書いててもらわなきゃ困るんでー!」
「そうですよね、はい」
「ねー、あと6分で、日付変わりますからねー」
「はい、すみません」
「いやいやいや、いいんですよ。きっと玉稿をね、こう、バシッとね」
「いや、そんな」
「楽しみだな〜、尾曽井(おそい)だけに遅いけど、クオリティは期待!ってね」
「全然うまくないですけど」
「なんか言いました?」
「いえ、なんでもないです」
「で、どうです? 完成間近って感じっすか?」
「いや、えっと」
「まさか、今回も全く書けてないってことはないですよね?」
「いや、それは、はい」
「そうですよね〜、二ヶ月連続で原稿落とすってことは、物書きとしてあり得ないと思うんですよ。だってそんなのもう、ニートじゃないですか〜」
「はい、あの、すみません」
「あ、でもニートは誰にも迷惑かけてないだけマシかあ。こっちは休載になるたびにあちこち調整しなきゃだし、雑誌って、大変ですからねえ」
「はい、あの、本当にすみません」
「いやいやいや。別に謝ってほしいんじゃないんですよー。だってほら、今も頑張ってるんですよね? あと四分で日付変わりますけど」
「はい、あの、はい」
「ちなみに今、ご自宅ですかー?」
「あ、はい、そうです」
「……嘘ですよねー?」
「え?」
「すみませんいま僕、マンションの中にいるんですよー。ちょうど彼女さんと会ったんで、部屋まで入らせてもらってー」
「ちょ、え!? 勝手に何してるんですか!?」
「いやいや、僕はきちんとピンポン押そうと思ってたんですけどね? 彼女さんがどうぞーって言うんで、甘えさせてもらいましてー」
「ええー、ちょ、最悪……」
「いや、最悪はそっちですからね? 仕事はやってないわ、部屋にはいないわって、尾曽井さん、何考えてるんですかー?」
「いや、すみませんほんと。……あの、とりあえず、彼女に替わってもらえますか?」
「ほんと、頼みますよー。替わりますけどもー。はい」
「ありがとうございます……あ、もしもし」
「……」
「もしもし……?」
「尾曽井さんごめんなさいー、やっぱり電話出たくないってー」
「ええ……」
「何やらかしたんですかァ? あ、てか日付変わったわ。尾曽井さんー、マジでどうなってるんですかこれはー。今回も原稿落とすんですかー?」
「いや、あの、ほんとすみません、ちょっと、緊急で」
「緊急でぇ? どこにいるんですか今―。ご実家とかですかー?」
「それがですね、あの」
「……え、なんか、声してません?」
「え?」
「うしろで声してますけど。何これ、英語?」
「あー、いや、それは、あの、ラジオです」
「そんなわけないでしょ。え、どこ。何語? 尾曽井さん、もしかして海外ですかこれ?」
「あのー、いや、それがですね」
「はい」
「いや、どう話しても信じてもらえないので、本当に難しいんですけれど」
「そんなことないでしょー。嘘つかなければ信じますよー」
「……じゃあ、言いますけど」
「はいー」
「宇宙なんですね」
「……頭、おかしくなりましたー?」
「いや、信じられないのは、わかってるんですけど」
「ええ、そうですねー無理ですよねそれはねー」
「いや、でもですね、事実といいますか、その、選ばれたらしくてですね」
「何に? 宇宙旅行の当選くじとかですか?」
「いや、そうではなく」
「……尾曽井さん、さすがにそれはバカにしてますってー、こっちを」
「いえ! あの、本当にそういうわけじゃなくてですね!」
「だって無理ですもん。そんなの。信じるわけないでしょ。宇宙とか。せめてもうちょっとマシな嘘ついてくださいよ」
「いや、じゃあ彼女に聞いてみてください! 違いますんで!」
「はあ? だって、そんな……え? いや、え?」
「……どうですか?」
「……本当だって、言ってます」
「ですよね」
「てか、え、あの、え? なんなんですかこれ?」
「何がです?」
「いや、これ、彼女さんがちょっと……」
「どうされました?」
「いや、なんか、どんどん彼女さんが、映画のアバターみたく全身青くなっていくんですけど」
「あー、はいはい」
「はいはいじゃなくて。え、こわ、え、これ何? どういう状況?」
「トランスフォームですね。あの、怖がらなくて大丈夫です。最後に記憶消してもらえると思うので、一旦、受け入れてください」
「いや、そんな焼肉屋の帰り際にミントガム渡されるみたいな言い方されても、ちょ、無理だって。え、これどういう? は? 尾曽井さん、まじでどうなってますかこれ?」
「あの、僕の部屋って〈ゲート〉なんですね。だからそういう、ちょっともう、すみません。彼女のトランスフォームは一旦無視しておいてください」
「無理でしょ、ちょ、床とかすっごいネバネバしてきてるっぽいんですけど。え、何これ、ちょっと尾曽井さん? 尾曽井さん?」
「はい、います。大丈夫ですから。あの、ちょっと、たぶんこっちも一時間くらいで終わるんで、その、全部救ったら、また原稿やりますんで、すみません、待っててもらえますか?」
「いや、救うってなに、地球? 待って、全然連載とか言ってる場合じゃないから。あなた、こんな状態でずっと【連載:渋谷区のおすすめのお花屋さん】なんてやってたんですか?」
「いや、救世主ほんとギャラ安いんで、その、なんかすみません、とりあえず明日の朝までには原稿送ります! はい! 失礼します! ジェス!!」
「え、もしもし! もしもし!? ……切れてる……。最後、ジェスって、めっちゃそういうヒーローっぽい掛け声出してたし……なんなんあいつ……え、こわ」
次の誰かの23時54分へ続く



