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「夜読む日記」

味噌汁をこぼしても怒らない人

夫と結婚できてよかったなあと思う事が多々ある。
なんだ惚気かよ、という出だしではあるが、これはなんとなく私の中では「惚気」とは違うもののように感じている。
そして今日もそれを噛み締めた。

私の夫はおおらかである。
バンドマンでボーカル。しかもラッパー。
なんとなくおおらかとはかけ離れた印象の仕事をしているが、私は彼に意地悪をされたり怒られた事が一度もない。
勿論ケンカはするが私が結構な頑固者の為、大体夫が折れてくれるし、しかも私の考えた「喧嘩したらその日中に仲直りをする」というルールを律儀に守ってくれている。(覚えていてくれているのか、それとも天然でやっているのかは不明だ。)

夫はよく物を失くすし、掃除は大のへたっぴ。お金のことを考えるのもとても苦手だ。
しかしそんなことはどうでもよくなるぐらい優しい。
自分に優しくしてくれる人って、なんて貴重なんだろうか。

さて、ここで少し私の少ない恋愛遍歴を語らせてもらいたい。
私が過去に付き合ってきた男性たちは皆一様に私に対して冷たい人だった。
作ったご飯を食べずにゴミ箱に捨てる人、平気で浮気をする人、付き合って1年後に「本命の彼女がいる」とホテルで打ち明けてくる人、お金を借りて返さない人、私の容姿や趣味や仕事を馬鹿にして下に見る人など。
彼らと付き合っていく中で、私は自分の価値がすっかりわからなくなってしまい「まあ私ってブスだしドジだし、魅力がないんだよなあ。だからそんな態度を取られても仕方がないよなあ」なんて半ば諦めのような感情を抱いていた。

この諦めの感情のお陰で私は自分のことが好きではなくなってしまった。
自分って無価値だなと心の底から思っていた。
私は彼らに値踏みされていたし、反対に私は私の事を冷遇する彼らに対して「こんなに自信満々に私の事を傷つけるんだからこの人はすごい人なんだ!」と無意味に価値を見出していた。
価値のない私が価値あるお方とご一緒させていただいている!という壮大な勘違いのせいで私は彼らにしがみついたし、彼らは私をどんどんどうでも良い存在として扱っていった。
ああ、大切にされたい。
誰かのことを自分の中で大切にするたびに、その誰かから大切にされない自分が浮き彫りになる。
世の中のみんなは愛し愛されて楽しそうなのに、なんだか自分だけひとりぼっちで、愛される価値を持っていないかのよう。
彼らと付き合っていた頃の私は、誰かと一緒にいるのに常に孤独だった。

数々の失敗(過去の彼氏たちには失礼だが、ここでは失敗と呼ばせていただく)を経て、初めて夫に出会った時、彼は私をかなりフラットに扱ってくれた。
私のやることを馬鹿にしないし、私の失敗をコケにしない。私を見下すこともしない。逆に持ち上げることもしない。

いいことをしたら褒めてくれて、何かをやってあげたときにありがとうと言ってくれる。
人間同士の付き合いとして当たり前のことなのに、その当たり前のなんと特別なことか。

そして恐らく、その特別を私に向けて当たり前にしてくれている人たちのことが私にはきちんと見えていなかったのだと思う。
自分をぞんざいに扱う人に嫌われたくなくて、好かれたくて、離れていってほしくなくて、とにかく必死だったのだ。
本当に大切にしなくてはいけない人たちは、他人にきちんとリスペクトを送れる人たちなのだと、私は夫に出会って初めて気づくことができた。

人間関係って、出かける時の荷物と同じで抱えられる量に限界がると思っている。
だからこそ自分の人生を楽しく幸せにするために、自分を大切にしてくれる人だけを大切にするという勇気を持つことが必要なんだろうな。なんて思うのだ。
勿論リスペクトはきちんと返すことを前提にね。

自分のことを大事にしてくれない人を大事にする必要はない。
そういう人が他人を下げて自分に価値があるように振る舞ってきたとしても、もう絶対に惑わされないようにしたいなあ。
本当に大切にしなければいけないものは無駄に価値なんて主張しない。自分のそばでひっそりと輝いているものなのだと思う。

今日、私は夫と自分の飲む予定の味噌汁を一つ盛大にひっくり返した。
夫は息子の面倒を見てくれていて、ちょっと暖かいものでも腹に入れようなんて話しながら準備していたものだ。
夫はひっくりがえったお椀を見て真っ先に「大丈夫?」と、雑巾を持って駆けつけてくれた。
幸い火傷はしなかったのでそのことを伝えると「僕はいいから残ったお椀の味噌汁は君が飲みな」と、床に広がる味噌汁を拭いてくれた。
それを見ながら私は「私だったら咄嗟にそんな事言えるかな」と考える。
多分心の狭い私なら一発目に「あーあ!」とか言っちゃうだろうな。怪我がなくてほっとしたら「こぼしたものは自分で拭いてよね〜」とか言っちゃってるかも。想像だけで反省だ。
ああ〜、私は大切にしてくれる人を大切にしたいよ。
こういう誰かから自分に向けられた優しさを取りこぼしたくないな、と心から思った。

夫は優しい。とにかく優しい。
自分を大切にしてくれる人は宝物だと思う。
夫に限らず、他の人間関係も同じ。
自分を大切にしてくれる人をきちんと見つけ出したい。そして私も優しい誰かを大切にできる人間になりたいな、なんて考えている。

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ライター紹介

原田ちあき
イラストレーター・漫画家・京都芸術大学非常勤講師
誰の心の中にもある、鬱屈とした気持ちをカラフルに描く。

国内外問わず展示やイベントを行い、イラストの枠に収まらずコラボカフェ、アパレルデザイン、映画出演、コラムの執筆、コピーライター、バンドへのゲストボーカルなど活動は多岐にわたる。
誰かに喜んでもらえるなら何でもやりたい。

【連載】
「やはり猫にはかなわない」ソニーミュージック es
「原田ちあきの人生劇場」LINE charmmy
「しぶとい女」大和書房

【著書】
「誰にも見つからずに泣いてる君は優しい」大和書房
「おおげんか」シカク出版
「原田ちあきの挙動不審日記」祥伝社 等

【official】https://cchhiiaakkii8.wixsite.com/chiaki
【blog】http://cchhiiaakkii8.blog.jp
【Instagram】cchhiiaakkii9
【Twitter】@cchhiiaakkii
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