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「夜読む日記」

少ずつマシになっていく

意外かもしれないが私は家事が好きだ。
好きと上手いは別の話だが、とにかく何かにつけて一日中掃除やら洗濯やらをしている。
トイレに入ればトイレを磨き、やれ風呂掃除だ洗濯だ収納だと取り敢えず目についたところを拭いたり洗ったりしまくるのだ。
だから我が家はなんとなーく清潔。そしておそらくなんとなーく片付いている。なんとなーくではあるが。

ただ、1つだけどうしても苦手で、手をつけられない家事がある。
それが料理だ。
兎に角料理だけは苦手意識が拭えず、結婚してからは毎日夫に作ってもらっている。

さて、私がなぜ料理が苦手なのかだが、私は幼い頃から料理をしても家族に褒めてもらえた事が一度もなかった。また、頑張って作ったお菓子を見た同級生に茶化された思い出や、元彼が結構なモラハラ気質で作ったご飯を一口も食べずに嫌な顔をしながらゴミ箱に捨てたことなど、本当にこと料理に関して「やってよかった!」と思った記憶が一つもなかったのだ。
この長年のこまごまとした負の記憶の蓄積をトラウマと呼んでいいのか、拗ねていると言っていいのかはわからないが、とにかく私は料理に関して33年間ず〜〜〜っと苦手意識を持ち、自分以外の誰かに料理を作れないままでいた。
とにかく自分の料理を人に食べてもらう事が怖いし、なんならかなり恥ずかしいのだ。
正直いうと裸を見られるよりも恥ずかしい。

幸い夫は料理好きで、結婚後は毎日毎食のようにご飯を作ってくれていた為、私は「私と彼はなんていい相性なんだ!」と毎日呑気にご飯をむしゃむしゃ食べる日々を送っていたのだが、子供が産まれてから少し状況が変わった。
離乳食作りである。
夫は料理はできるが、手本を見て手順通りに料理をすることが大の苦手だったのだ。
「今までのご飯は全て勘で作っていたんだ…天才じゃん…」と、かなり衝撃を受けたが、とにかく離乳食作りは全て私が担当する事になった。
手順と言っても、初期の離乳食は野菜を蒸してブレンダーで潰すとかそういう簡単なものだったのだが、これをきっかけに私は久々に誰かの為にキッチンに立つようになった。

つぶした米や、ドロドロに煮た野菜を息子に食べさせる。
息子は「なんだこれ」という感じで食べてみたり、気に入らなければ口から出した。
なんだかその様子があまりにも素直で、うんうん不味ければ残そうねとか、美味しいかいよかったねとか、純粋にそういう気持ちだけでご飯を作るということと向き合うことができた。
息子相手だとなぜか緊張しない。

恐らく私は人に手作りのご飯を食べてもらうときに、その人が何を思っているのかずっとハラハラしながら見ていたんだと思う。
「不味いと思っていたらどうしよう」「盛り付けが汚いと思われていたらどうしよう」「美味しいって言ってくれてるけど心ではなんて思っているか…」という心配をずっとしていたのだ。
私はずっと恥をかくのが怖かったのだな。と思った。
赤ちゃんは私に気を使わない。だから私も気を使わなくていい。美味しいものは美味しい。不味いものはまずい。それだけ。

その嘘のなさにかなり心が救われた。
食いつきが悪かったら次はもっと工夫しよう。
美味しそうにしていたら作り方を忘れないようにしよう。
試行錯誤しているうちに台所に立つ時間がもっと増えた。

ふと、本当にふと思いついた。
「そうだ、ついでに大人用の常備菜を作ってみよう。」
最近夫が家を出る機会が多くなってきて、ワンオペをする時間が増えた。
おかずが常に冷蔵庫にあったらかなり家事の時短になるではないか。
生まれて初めて切り干し大根とひじき煮を作って、冷蔵庫に入れておいた。
実はこの二つはずっとどうやって作るのか知りたかった食べ物たちで、いっぱい作っていっぱい食べてみたいな〜と常々夢見ていたのだ。
作ってみると案外簡単で、新しいことに挑戦して成功した自分がとても誇らしかった。

嬉しくて嬉しくて、こんなものが作れたよと夫に報告したら大喜びしていた。
「この後食べてもいいかな」なんてワクワクしてくれている。
ああ、この人は私の料理をこんなに喜んでくれる人だったのだなと、知って本当にありがたくて嬉しかった。
本当にいい人だな。

私の料理を美味しそうに食べてくれる人がいる。
それって幸せなことなんだなと心から思う。
息子と夫にご飯を作ることは怖くなくなった。まだそれ以外の人に食べさせることは少し難しそうだけど。
呪いが解けるってきっとこんな感じなのだ。

我が家のご飯は最近もっぱら私が担当している。
1ヶ月前まではこんな日は一生来ないと思っていた。
33歳。今まで蓄積していた呪いのようなトラウマやすねた感情は、もう身体に溶け込んで凝り固まっちゃっていると思い込んでいた。
でも本当に、ちょっとしたきっかけで、自分の勇気で、誰かからの反応で、そういう呪いが解ける事もあるのだなと思った。
まだまだ私は変わっていけるんだね。

少しずつ、少しずつ、大丈夫な方向に進んでいきたい。
明日も今日よりちょっとだけ、1つでいいからマシにしていけたらいいな。
私はきっとこれからもっと素敵な人間になることができるはずだ。
なんて思っている。

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ライター紹介

原田ちあき
イラストレーター・漫画家・京都芸術大学非常勤講師
誰の心の中にもある、鬱屈とした気持ちをカラフルに描く。

国内外問わず展示やイベントを行い、イラストの枠に収まらずコラボカフェ、アパレルデザイン、映画出演、コラムの執筆、コピーライター、バンドへのゲストボーカルなど活動は多岐にわたる。
誰かに喜んでもらえるなら何でもやりたい。

【連載】
「やはり猫にはかなわない」ソニーミュージック es
「原田ちあきの人生劇場」LINE charmmy
「しぶとい女」大和書房

【著書】
「誰にも見つからずに泣いてる君は優しい」大和書房
「おおげんか」シカク出版
「原田ちあきの挙動不審日記」祥伝社 等

【official】https://cchhiiaakkii8.wixsite.com/chiaki
【blog】http://cchhiiaakkii8.blog.jp
【Instagram】cchhiiaakkii9
【Twitter】@cchhiiaakkii
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