「夜読む日記」
わが家には「とこ」というメスの犬が住んでいる。
とこは元保護犬の和犬の雑種で、彼女は人間が大の苦手だ。
人間というか、わが家に住んでいる生き物以外の全てが苦手なのだ。
家族に対しても少しでも予想と違う動きをすると恐怖のあまり噛んでしまうこともあった。
勿論なついてくれてはいるのだが、とこと家族の間にはいつも何とも言えない緊張感がある。
とこは散歩に連れて行くと周りを歩く人にビビり、家にいても外から聞こえてくる音にビビる。
30とウン年間“犬とは本来人間になつっこく、猫に比べておおらかで、愛想を振りまきまくるもの”だと思い込んでいた私は、一緒に住み始めた頃、とこのビビり具合にかなり戸惑った。
リビングに一緒にいても彼女が落ち着いている感じが全くしないのだ。
これではとこが生活しづらいだろうと、怖がりの犬の専門トレーナーさんに来ていただいたが、怖がりは治らず。また別のトレーナーさんに相談をしても「怖がり具合は多少改善できても、完全になくすことはできないと思う。」との回答だった。
この回答をもらったのが約1年前。とこが2歳になった時の事だ。
ちょうど私は妊娠中で、その言葉を聞き「どうしたものか」と頭を悩ませていた。
実際、怖がりの犬にできそうなことは調べられる限り調べつくし、全てやってきたように思う。
トレーニングやトレーナーさんとの話し合い、リビングにとこだけのスペースを作ってあげるなど、とにかくとこの為にできそうなことはできるだけやってきたつもりだった。
夫は「年齢を重ねると変わってくることがあるかもしれない」とどっしり構えていたのだが、私はとにかく
・とこが生きづらいのではないか
・生まれてくる子供ととこが仲良くやっていけるか
この2点が常に頭の中を支配し、気が気ではなかった。
どうにかして家族全員リビングでくつろぐことはできないだろうか?とこの頭を存分に撫でてあげることはできないだろうか。
とこともっと仲良くなれないだろうか…。
結局とこの怖がりは改善することはなく、私は無事に出産をして家に戻ってきたわけだが、思いのほかとこは息子に好意的かつ興味津々でホッと胸をなでおろした。
が、しかし今度は産後の私を手伝いに来ていた実母ととこの相性が最悪で、とこの母に対するビビり方と懐かなさ具合を見て、母は「お母さんは何年も生きてきたけどこんなにバカな犬を見るのは初めて!」と私に物申した。
母の犬に対する認識は、“可愛くいきいきとしていて人懐っこい、それでいて従順”というもののようだった。わかるよ私もそうだったもの。
でも、とこはその真逆なのだ。母はとこが自分の理想から外れた犬だった事にとてもがっかりしたのだと思う。
とこは馬鹿ではない。ただ実際にどんなに飼い主や犬が努力をしていても、犬自身が賢くても、飼い主以外の人間に対して唸ったり怒ったりしてしまっては、外野から見ればしつけは失敗。可愛くない。出来損ないのバカな犬になってしまうのだなと、なんとなくこれまでのとこと家族とで培ってきていた努力が何も実を結んでいないような気がして、なんだかもう本当に本当に深くへこんでしまった。
ああ、ごめんねとこ。
もう少し努力さえすればとこにもっと人間を好きになってもらうことだってもしかしたらできたのかも。
とこは馬鹿ではない。出来損ないでもない。本当に本当に可愛い犬の女の子なのに。
それを理解できてもらえないことはなんて悔しいことなのだろうか。
母からの言葉でさらにとこに今後何をしてあげられるかを考えていた。考えに考えた私は「逆にとこをリビングから引き離してしまってはどうだろう」と考えた。私は、犬は人間とずっといる方が幸せというレッテルをとこに貼り付けて、そのフィルターを通して悩んでいたのではないだろうか。
とこは部屋に人がいる状態だと緊張してしまう。ならば人の出入りが一番少ない部屋に移してみるのはどうだろう。
一日の中でとこには頻繁に会いに行く時間を作るが、基本はその場所をとこの安心できる場所にしてみるのだ。人間の部屋は一つ潰れてしまうが、とこの為になるならばいいじゃないか。
早速夫に提案してみたところ「それはいいアイデアだ!」と即採用してくれた。
という訳で私の作業部屋をとこの部屋に改造して開け渡してみたところ、予想を超えてとこはその部屋を気に入ってくれたようだった。
どう見てもリビングにいる時よりも落ち着いている…
完全にとこの問題点が改善したわけではないが、不機嫌な時間も減ったし、甘えてくれることも多くなった。
なんだか私はとこに対して勘違いしていたのかもしれない。
とこにとっての幸せの尺度と、私にとっての幸せの尺度は当たり前だが全く違うのだ。あ~人間同士ならそういう距離感があるってわかっていたつもりなのにな。動物にだってその子だけの好きなものや苦手なものがあるに決まっているのになんでわかっていなかったのだろう。
とこにとっての幸せはリビングで和気あいあいと過ごす事でもべたべたとスキンシップを取る事でもない。
とこにはとこにとってのベストな距離がある。
犬だからってみんながみんな人懐っこくて、みんながみんなおおらかなわけではない。日本人だからって寿司が大好きな人ばかりではないのと同じなのだ。
とこは犬だけど、とこはとこでしかない。
繊細で怖がりで、でも私たちを少しは信頼してくれている犬の女の子なのだ。
他の犬と比べて悩む必要なんてない。
とこが苦手なら散歩の時間を人のいない時間にずらそう。
とこが低気圧で調子が悪そうなら会いに行く時間を減らして一匹にさせてあげよう。
外に人がいて怖がっているなら駆けつけて、隣で仕事をしたり本を読んだりしておこう。
これからは無理に仲良くなろうとしたりしないよ。
ゆっくりと、とこのペースで、とこの距離感でやっていこう。
わが家には「とこ」というメスの犬が住んでいる。
とこは元保護犬の和犬の雑種で彼女は人間が大の苦手だ。
私たち家族はとこの事が大好きで、いつかそれが少しでもとこに伝わればとてもうれしい。