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「夜読む日記」

2022年11月、私は人生初めての出産を経験した。
破水から始まり、促進剤を使うもなかなか産まれず、結局帝王切開になったりしてクタクタにはなったが、嬉しいことに元気な男の子が生まれた。
現在2023年3月、子供は4か月になり少しずつ仕事を再開しつつ、我々夫婦は毎日をそこそこエンジョイしている。

我々夫婦はイベント事にあまり積極的ではなく、結婚式もしなかったし、今までクリスマスもお正月も誕生日も、ギリギリ持っている使命感でケーキやらおせちやらを食べてダラダラとすごすのみであった。
しかし子供が生まれて初めてのクリスマス、私は猛烈に息子にプレゼントを与えたくて仕方がなくなってしまった。凄い、これはすごい感情だ。
おそらく今、私の中で何らかのホルモンが爆発している。
出産前は「赤ちゃんの頃は最低限のお金をかけるだけでいいんだよ!中学以降にお金がかかるんだから!今は貯金!貯金よ!!!」などと、インターネットで見かじった情報を夫にクドクドと説明していたのだが、わが子のなんと可愛いこと。こんなの何でも買っちゃうしイベントなんて全部してあげたくなっちゃうよ…

というわけで、息子に着せるコスプレやらプレゼント、プレゼントを入れる靴下なんかも準備してウキウキしていた12月初旬、夫が軽い風邪をひいてしまった。
それを産後、腹を切ってまだ体調が全快ではなかった私が見事に頂戴し、そして見事に寝込んだ。
結局咳をゴンゴン、熱でヒーヒー言っている間にあっという間にクリスマスが過ぎ去っていってしまった。
ああ、息子の初めてのクリスマスが私の風邪でおじゃんだ。夫は私に「風邪をうつしてごめんね」と謝ったが、夫が悪いわけではない。冬に風邪など誰でも引く。それをたまたま免疫が落ちていた私がもらってしまっただけなのだ。

ただ、私が風邪をひいたせいで息子のはじめてのクリスマスを逃してしまった事だけが悔しかった。
誰も悪くない…誰も…ただ死ぬほど悔しい…エーン!
産後、メンタルがガバガバだった私はそんな些細なことが異常に悲しくて悔しくて「0歳のクリスマスは1度だけだったのに…」と毎日ウジウジ後悔していた。めんどくせえ女である。

風邪も少しよくなった年の瀬、相変わらずウジウジしながらクローゼットを整理しているとクリスマス用に準備していた息子のコスプレ衣装が目に入って「これは来年にはサイズアウトしちゃうかもな…」と思い、なんとなく勿体ない気分になって思わず息子に衣装を着せてみると、それはもうえげつないぐらい似合っていた。
今この空間にいるのが私と息子だけでよかった…。道端だったら可愛すぎてさらわれていたかもしれない。

なんだか気持ちがノってきて、ショックすぎて放置していたプレゼントの絵本やらそれを入れる靴下やらを開封し、息子の周りに並べて写真を撮ってみた。
おお…いい…すごくいいじゃないか…
この日は12月31日。年末も年末だが、うん。そうだ。我が家だけは今日をクリスマスということにしてしまおう。
風邪が治っていなかった為ケーキは用意できなかったが、私と夫はいつもより少しだけおやつを多めに食べたり、いつもより少しだけ奮発したご飯を食べて、ひっそりとクリスマスを祝った。

何だかスッキリした気分だ。
もしかして、もしかしてだけど、こうして大晦日にクリスマスができたように、日付とか年齢とかお金とか、そういう理由で諦めていた事なんて、いつでもやり直せるし、はじめたっていいんじゃないか…?
いや…いいじゃん…!

若い頃に諦めていた勉強を今始めたって、解散してしまったアイドルを今から追いかけたって、誕生会を年に2回開催したって、30代になってから急に制服を着てみたって、90代から婚活したって、別に誰にも責められないじゃないか。むしろそれってかっこいいぞ。
何でその日その時が過ぎたらもうおしまいだと思ってしまっていたのだろう。

生きている限りいつだって何だってやれるしやり直せるのだ。
別に息子のために一年に100回クリスマスをやったっていい。ああ人間界、何だか私が思い込んでいたよりずっとずっと自由じゃないか。

好きなことは何度だってやっていいし、いつやってもいい。
何となくダメだと思っていたことの壁がこんな簡単な気づきで取り払えた気がした。

やりたいことを諦めちゃうと、それが時間を経て「あの時あれをしておけばよかった」っていう呪いみたいにずっと脳にこびりついて離れなくなるんだよね。
そんな呪いなんてもしかして初めからなかったのかもしれない。
諦めなくてよかったんだ。あぁ、すごい。

少し落ち着いたら20歳の時に撮れなかった成人式の振袖の写真、あれを撮りに行ってみよう。
真冬で寒くてすぐに帰っちゃった息子のお宮参りももう一回やっちゃおう。
今なら何だってできそうだ。

人生の楽しみは繰り越せるし自分の手で増やすことができる。
せっかく産まれてくることができたのだから、息子と過ごせる限りある時間を明日もゴキゲンになれそうな方向に足を進めていこう。

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ライター紹介

原田ちあき
イラストレーター・漫画家・京都芸術大学非常勤講師
誰の心の中にもある、鬱屈とした気持ちをカラフルに描く。

国内外問わず展示やイベントを行い、イラストの枠に収まらずコラボカフェ、アパレルデザイン、映画出演、コラムの執筆、コピーライター、バンドへのゲストボーカルなど活動は多岐にわたる。
誰かに喜んでもらえるなら何でもやりたい。

【連載】
「やはり猫にはかなわない」ソニーミュージック es
「原田ちあきの人生劇場」LINE charmmy
「しぶとい女」大和書房

【著書】
「誰にも見つからずに泣いてる君は優しい」大和書房
「おおげんか」シカク出版
「原田ちあきの挙動不審日記」祥伝社 等

【official】https://cchhiiaakkii8.wixsite.com/chiaki
【blog】http://cchhiiaakkii8.blog.jp
【Instagram】cchhiiaakkii9
【Twitter】@cchhiiaakkii
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