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「夜読む日記」

たまにSNSで自分の名前を検索すると「原田ちあきは不幸そうな絵を描いているのに現実では幸せそうにしていて作品性と矛盾している」という旨の書き込みを目にする事がある。
その度に私は毎回「おお!私は今幸せそうに見えているのか!」と新鮮に驚く。

そうしてこういう書き込みを見るたびに、毎回私は想像することにしているのだ。これを書き込んだ人の生活や、自分から見た幸せそうに見えている人々の人生のことを。

私の子供時代の家庭環境は恐らく、どちらかというと素晴らしいものではなかったように思う。
家にいると常に誰かが不機嫌だったり、自分の努力を認めてもらえず、運動や勉強の出来の良し悪しを親戚や友達と悪い方向に比べられた。
結果常に自分に自信がなく、ものすごく人の顔色を気にしながら生きていたように思う。
絵を描くのが大好きで唯一の趣味だったが、勉強が不得意だった私は「絵を描いているせいで成績が悪いんだ」と、母の怒りを買ってしまい、小学生から中学生の途中まで遊びで絵を描くことを禁止されていた。
(念のため先述しておくが、これは私の親を貶めるための話ではなく、私の幸せの価値観について語るための素材の一部である。)

この頃私は何故か母を物凄く恐れており、母の言うことは絶対だった為、泣きながら自由帳をゴミ箱へ捨てた。ついでに毎月1冊ずつお小遣いで買い集めていた漫画も捨てられてしまった。
兎に角私にとって母は法律だったし、母の言うことは絶対だったのだ。

中学へ進学しても相変わらず家の中はピリピリギスギスしていた。
父は母と折り合いが悪くなり、ふと気づくと家からいなくなっていた。

私は友達が少なく、他人の家と自分の家の様子を比べられるほどの経験もなかった為、「家族というのはこういうものだ」とボケっと思っていたし、テレビや漫画で見る仲良し家族や、家族団欒の様子は全てフィクションだと思っていた。

「他の家はうちの家とどうやら違うみたいだぞ」と気付いたのは高校を卒業する少し前のことであった。
この頃我が家は父の経営していた会社が倒産したり、自己破産をしたりとてんやわんやし、結果一家は解散となった。
自己破産で当時私と母が住んでいた家を引き払わなければならず、私は母とこれまで住んでいた家よりかなり狭い家へと引っ越し、お金がなかった為大学へも進学せず、代わりにのびのびフリーターをしていた。
私は相変わらず母の機嫌を損ねないようにボーッと生きる事に専念していた。
誰かが自分の法律だと何も考えなくて済む。ただ挑戦しない代わりに成長もしない。
特別に幸せにならない代わりに、不幸でもない。何も考えなくていいということは楽ちんなことだった。

そんな中、成人式の話がチラリと出て、母が私に向かってそれとなく「うちには振袖をレンタルしたり買うお金がないからしまむらでスーツでも買って行ってね。」と言った。
私はその言葉を聞き、なぜか猛烈に悲しくなって号泣してしまった。
当時の私は何故か「親は私が成人する時のためにお金を貯めてくれているものだ」と、根拠のない期待をしていたのだ。
クリスマスもお正月も誕生日も、特になにも欲しがらなかったし、家にお金がなくなっても何も思わなかったが、なぜかこれだけは大ショックであった。

「親から見れば比較的いうことを聞く子供だったずなのに、こんな仕打ちってあんまりなんじゃないか?!」という考えに脳が支配され、こんなに些細なことなのに「私の人生って一体…」と猛烈にみじめになってしまった。

30を超えた今、冷静に考えれば着物のレンタルなんて自分でお金を貯めてすればよかったし、そうしている子もたくさんいる事もわかる。もっと過酷な環境でも、明るくやり過ごしている子がいることも知っている。
もしレンタルできなくても誰かに着物を貸して貰えば良いだけの話なのだが、当時の私の中には何故か「親からの愛=成人式に着物を用意してもらうこと」という謎の方程式が出来上がっていたのだ。
そこから私は他人の家庭と自分の家庭を比べまくり、いいなあ○○ちゃんの家は楽しそうで。いいなあ○○君は愛されていて。と他人の幸せをやっかむ妖怪へとなり果てた。

そして妖怪になった私は苦しくて仕方なかった。他人の幸せをやっかむのって超つらい。
上を見ればきりがないし「みんなは苦労せずに幸せになれていいな、私はこんなに不幸で恵まれていないのに。」なんて思ったりなんかしていた。恥ずかし過ぎる。
不幸の沼に入ると、他人の幸せと自分の不幸にしか焦点が合わない。毎日毎日寝ても覚めても他人と自分を比較してはため息をついていた。
結局あまりにも私が落ち込んでいたため、母が渋々着物を用意してくれたのだがうまく喜ぶことができなかった。
当時の私は別にしぶしぶ用意してもらった着物が着たかったわけではなく、私が思い描いていた親からの愛がほしかったのだと思う。

妖怪の私はどうすればみんなのように愛を手に入れられるのかを考えまくった。
そして悩みに悩んだ結果「自分が幸せになれば良いんじゃないか?」というシンプルな回答に思い至った。
思えば私は自分の幸せを母に委ねようとしていたのだと思う。
母がご機嫌になるからこれをやる、母が不機嫌になるからあれはやらない、母が反対したからこれはやめる、母親の機嫌をとって〇〇してくれることを期待する…

この基準を自分に差し替えれば良いのではないかと、私はこの時にようやく気づいた。
自分で自分の機嫌を取れば、最短ルートで幸せになることができる。
親も恋人も友達も他人もエスパーではないのだ。こちらが勝手に期待したって、思惑通り動いてくれるわけがない。
勝手に期待して、勝手にガッカリされるなんて相手にも良い迷惑だろう。
他人からもらえる幸せは、あくまで人生のボーナスぐらいに思った方がいいのかもしれない、と思った。
あくまでも自分の白馬の王子様は自分であるべきなのだ。

自分以外の人間の意見や機嫌取りに自分の幸せを委ねることは楽ちんだが、私はこの時からできるだけ自分で「自分が幸せになるような環境」を作る練習を始めた。
自分が欲しいものは自分で努力をして買う、自分が食べたいものは変に我慢せずに食べる。行きたい場所には自分の力で行く、会いたい人には会いにきてもらうのではなく会いに行く。
自分のために少し努力するだけで自分の中の幸福度がかなり上がった気がした。

そうしているうちに、努力なく幸せを手に入れている人って実はこの世の中にそんなにいないんじゃないかと気づいた。
よく考えれば当たり前の話だが、顔の可愛い人だって化粧したり髪の毛をセットしたり努力をしているからより輝くし、絵や音楽の技術を持っている人だって練習したから作品を制作できる。お金を持つことだって努力した結果だろうし、家族仲が良い人だって仲良くするための努力や工夫が絶対にあるはず。
というか死ぬ気で努力して今の自分の幸福を掴み取っている人が殆どなのではないだろうか。
その努力の結果に得た幸せだけに焦点を当ててやっかむのはナンセンスなことだと気づき、自分の嫉妬心を恥じた。

誰でも表面はキラキラしているが、そのキラキラを作る泥臭い努力をしている。
それを苦に思うか思わないかは才能だけど、努力なく幸せを掴む人なんてそうそういないだろう。
評価を得ている人、愛される人、美しい人、そのどれもが見えていない部分で足掻いたり努力していることを忘れたくないなと思う。誰もが24時間一生ハッピーなわけないしね。

そして、他人から見て「幸せそう」に見せることができた、自分の泥臭い努力を自分だけは褒めてあげたいと思う。

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ライター紹介

原田ちあき
イラストレーター・漫画家・京都芸術大学非常勤講師
誰の心の中にもある、鬱屈とした気持ちをカラフルに描く。

国内外問わず展示やイベントを行い、イラストの枠に収まらずコラボカフェ、アパレルデザイン、映画出演、コラムの執筆、コピーライター、バンドへのゲストボーカルなど活動は多岐にわたる。
誰かに喜んでもらえるなら何でもやりたい。

【連載】
「やはり猫にはかなわない」ソニーミュージック es
「原田ちあきの人生劇場」LINE charmmy
「しぶとい女」大和書房

【著書】
「誰にも見つからずに泣いてる君は優しい」大和書房
「おおげんか」シカク出版
「原田ちあきの挙動不審日記」祥伝社 等

【official】https://cchhiiaakkii8.wixsite.com/chiaki
【blog】http://cchhiiaakkii8.blog.jp
【Instagram】cchhiiaakkii9
【Twitter】@cchhiiaakkii
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