「夜読む日記」
まだ夫と結婚する前、二十代後半に差し掛かった頃の私はとにかく恋に狂っていた。
夫に毎日告白し、毎日振られていたのである。
朝起きるとメールで告白し、一緒に遊びに行けばその場で告白、寝る前も告白。
日がな一日告白し続け、振られ続ける日々であった。
そしてそれは1年ほど続いた。夫もよく付き合ってくれたものである。(色んな意味で。)
そんなに毎日振られていたら、飽きるか慣れるかするだろうと思われるかもしれないが、驚くことに、私は毎日振られるたびにバッチリ心の底から傷ついていた。
失恋というのはどうしてこうも何も手がつかなくなるほど傷ついてしまうのだろうか。
自分の中の何もかもを失ったかのような破壊力。虚無感。
これってなんなのだろう。と毎晩枕を濡らしながら考え、「人間だって野生の動物なので、意中の相手と番になれなかったという失敗体験が、心に強いストレスを与えているのではないか?」などと、一丁前に自分なりの結論を導き出し、ウンウンと納得したりなどしていた。
まあ、誰の得にもならない私の考察など別に良いのだ。
最初の方こそ失恋のたびに泣いて泣いてへこんでは、「こんなに誰からも愛されない私に生きている意味などあるのだろうか?」なんて悲劇のヒロインぶっていた私であったが、そのうち「この有り余る負のパワーを何かに使えないか?」と考えた。
何を隠そう私は大阪の女、貧乏性なのである。使えるものはなんでも使う。それが負のパワーであっても。
というわけで今回は私が失恋した際に「やって得したこと」を2つ書いていきたいと思う。
①親知らずを抜いた
これは本当におすすめなのだが、失恋直後は頭がボーッとしている状態なので恐怖心が薄まる。
これを利用し、私はこれまで避け続けていた親知らずの抜歯に成功したのだ。しかも下2本。
私の親知らずは、歯茎の中で横向きに成長するという厄介な生え方をしており、大学病院で手術が必要だったのだが、「アンタ、私を殺せるもんなら殺してみなよ!」という負のパワーと勢いで予約電話をかけ手術した。医者もまさかそんな気持ちで手術を受けに来たとは思うまい。
手術台に上り、万が一のことがあるかもしれないという書類にサインをし、歯茎を切開して歯を砕く、歯の根っこをペンチでゴリゴリやられている。だが平気だ。失恋の傷の方が深い。
親知らずを抜いた場所はヒリヒリ痛んだが、失恋の方が余裕で辛かったため耐えることができた。
あの時ヤケクソになって大学病院に電話してよかった。親知らずの不快感が無くなり本当に得をした。ちなみに私の友達は、失恋直後負の感情に身を任せ、皮膚科で顔にあるほくろを全部取っていた。
類は友を呼ぶのだ。
無理に体に痛みを与える必要はないが、ショックを受けたことに身を任せ、美容室で思いきりイメチェンしたり、仕事やバイト先を変えてみたり、ドカ食いしたり、遠くまで電車で行ってみたりなど、ヤケになって行動すると案外いい結果が転がっていたりする。
心の受けた衝撃は、それまで二の足を踏んでいた足元を無理やり爆破して自分自身を遠くに飛ばすことをできる力を持っているのだ。
自分の感情を上手く利用して、どんどん幸せになっていきたい。私はそれが自分の身に起きた不幸に対する最大の復讐だと思っている。
②職場の休憩室で誰彼構わず引っ捕まえ話しまくった
これは元カレと失恋した直後の話だ。
当時私はコールセンターに勤めて派遣社員としてテレフォンオペレーターをしていた。
性格上かなりシャイな私は同期ともあまりうまく馴染めず、もちろん上司ともあまり仲良くなれず、なんとなく会社と彼の家を往復する毎日だった。
そんな中同棲中の彼氏に浮気され、何故か浮気をしていない私が彼氏からギタギタに悪口を言われ振られてしまい、家を追い出されたのである。
実は彼は私にとって初めての彼氏であり、この出来事は私の底の浅い人生にかなりの衝撃を与えた。
とにかく悲しい。悲しすぎる。こんなにも悲しいことがあってもいいのか…?
なんでもいい、誰かに話したい。話せるならもう誰でもいい。
この衝撃と悲しみを誰かに聞いてもらいたい。
悲しさに突き動かされた私は、会社の休憩室でお弁当を食べていた、話したこともない別部署の女性をひっつかまえ「10分でいいので話を聞いて欲しい」とお願いした。
幸い彼女は優しく、昼休憩の貴重な10分を私にくれることになった。
私は彼がいかに好きだったか、どういう経緯で浮気をされ、彼にどう罵倒され、どうやって家を追い出されたかなどを、身振り手振りを使い渾身の力で説明した。
最後まで説明を終え「ご静聴ありがとうございました」というとその女性は「ウケる!」とケタケタ笑っていた。
嬉しかった。自分の悲しい話で笑ってもらえた事がすごく嬉しくて「もっとこの話で人を笑わせたい!」と思い、休憩のたびに誰彼構わず捕まえて話した。
仕事が終わった後はタバコも吸わないのに喫煙所へゆき、上司や同僚にも話まくった。
人見知りなんて知ったこっちゃない。これもまた失恋の起こした爆発の威力である。
初めての失恋を繰り返し繰り返し人に話したため、私はこの失恋の話だけはめちゃくちゃ饒舌に話せるようになり、社内に顔見知りも増えた。それによって仕事も格段にやりやすくなり、関係あるのかないのかは不明だが時給も上がった。50円。
私は初めての彼氏を失った代わりに、笑い話と過ごしやすい職場、そして時給アップを手に入れた。
悲劇と喜劇は紙一重なのである。
悲しい話ほど時間がたてば笑い話になるものだ。
辛いことがあった時は自分の心の中でまだ消化できていなくても、人に話してみるのも手かもしれない。案外笑い飛ばしてくれる人はたくさんいるはずで、そして、その人たちの笑いに救われたりなんかしちゃうものなのだ。