散歩 this way 2 -06-
得難い世界観で溢れる音と歌詞が、音楽ファンから注目を集めているシンガーソングライター/詩人の柴田聡子が綴るエッセイ。
テーマは趣味であるという「散歩」。本人が実際に撮影した写真とともにお楽しみください。
「秋×引越し=散歩沼」
秋散歩、シーズンイン!スキー場のシーズン券を買ったら一日も休まず、昼も夜も、刻一刻と冬が春になっていくのを惜しみながらひたすら滑りに行くだろう。その感じで秋の深まりをひしひしと感じながら、気がつけば上着をひっつかんで散歩に出かける日々。
今年の9月、東京は毎日のように雨だった。辛かった。毎朝くじを引くようにカーテンを開けて目に入る雨粒や曇天にため息をついた。雨をはずれと考えている自分と向き合うのが嫌だった。なぜなら「晴れの日があるから そのうち雨も降る」、モーニング娘。の楽曲「I WISH」に出てくる大好きな一節、これにとても共感があったからだった。自分は晴れも雨も愛せる、人生に起こる想像のつかないいろいろをそのまま受け入れることが出来る人間だとどこかで自信を持っていた。けれどもとんだ晴ればっかり大好き人間だったことを思い知った。決して解明できないいろいろな理由で降り続いているだろう雨のことを許せなかった。己の小ささを知った。
10月に入った途端に空は晴れ上がり、そこから奇跡のような秋晴れが続いている。苦しいことのあとはすべてが輝いて見えて、その人間らしさに戸惑う。ちょっとだけ熱さを失ったやわらかい陽光とひんやり心地よいそよ風のマリアージュはもはやスリル。秋は短くなったと言うけれど、一日一日必死に味わうぞという心持ちでいると案外長く、たくさんのものを受け取る。意識していなかった時より断然長いから、今年の秋が人生でいちばん長い。一生このままであって欲しいけれども、やっぱり移り変わってちゃんといなくなって、恋しくなって悲しくなったりさみしくなったりするところまでが季節というものの魅力だよな。もう二度と同じ季節はやって来ないのが素敵だと思う。
このきらめく秋に加えて、もうひとつ散歩を輝かせる要素が今年はある。引越しである。前の居住地には5年近く居たので、その周辺はほとんど歩き尽くしたと言っても過言ではない。慣れた道を歩くことで自分を取り戻すような感覚になれるのも好きだったものの、知らない道を毎日一本一本歩くことによる脳内物質的なものの大量分泌を久しぶりに経験して興奮が止まない。毎日頭を冷やして眠らなければならない。窓の外から秋が誘ってくる。やることがあっても「ちょっとだけ……」と言い訳して気がついたら遠くまで歩いていることがしばしばあり、コントロール不能に陥っていて困っている。こんなに悩ましいのは久しぶりである。どこまで楽しくなるのか!
前に住んでいたところは東京の下町で、住んでいる人たちも落ち着いていて、帰ってきてほっとする感じが気に入っていた。もし東京で長く住み着くとしたらここかもとまで思っていた。今住んでいるところは穏やかというよりは刺激的で、街と住宅地、どちらもがかなりのアツさを持って存在している印象がある。そういえば自分は、降りた瞬間にジバンシイのウルトラマリン的な香水の匂いがぶわっと漂ってくる駅に住んでいた時にいちばん曲を作った気がするし、詩もごりごり書いたし、いろいろな人とばちばち付き合っていて忘れらない日々を過ごしたなと、そんなことを思い出す街で、今ここへ来てよかったと思いながら太い道、細い道、どれでもかまわず気になったら首を突っ込んで歩きまくっている。
周囲を歩き回り、目に入るマンションの名前を心で読み上げながら、散友のひとりが「道が好きで」という発言をしていたことを急に思い出した。あまりにも想像の範囲外のシンプルな嗜好に驚いて、その時は「へえ〜!」と感動の息吹しか表現できなかったけれども、なぜだか急に理解できた。道っていいよね。秋を歩きまくって、からだいっぱい道を堪能したい。



