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「夜読む日記」

他人を信頼するということ

子供が来月2歳になる。
もう立って歩けるし、「おなかすいた」とか「あしいたい」とか「さんぽいく」とか、簡単な会話なら普通にできるようになった。
会話ができて楽になったと同時に、現在息子は絶賛イヤイヤ期に突入している。

私は子育てをするまで、イヤイヤ期ってなんでも嫌がる天邪鬼になることだと思い込んでいたのだが、実際イヤイヤ期の人間を目の前にして初めて、嫌という理由がきちんと存在している事を知った。
例えば飲み物一つ飲むにしても、自分の力でコップに入れたかったり、ペットボトルの蓋を自分で開けてみたかったり、氷を自分で入れてみたかったり。
色んな理由があるけれど、どれも根底に「自分でやりたい」という気持ちが潜んでいる。

これに気が付いたとき私は猛烈に感動した。
私はできるならばご飯を食べるのもお風呂に入るのもトイレに行くのも全部だれかにやっていただきたい。可能であれば起き上がりたくない。ベビーカーで運んでもらえるのはかなりうらやましいし、許されるのであればずっと眠っていたいと思っている。
ああ羨ましい赤ちゃんライフよ…

それがどうだ。ご飯を作ってくれてお茶を出して洗濯してくれて、そんな便利すぎる存在が目の前にいるにもかかわらず、息子は今自分を取り巻く事象すべてを真剣に「自分でやりたい」と思っているのだ。
誰かがかわりにやると怒るし泣いてしまうほどにである。
なんてやる気に満ち溢れた愛らしい生き物なのだろうか。
ああ、息子。ひいては全てのイヤイヤ期の幼児たちよ。あたしゃあなたたちを尊敬しているよ。

「それならば思う存分やってもらおうじゃないの」と、家事など自分やっていることを息子がやりたがった時、危険な事でなければ代わってもらうことにした。
勿論うまくできるわけではない。
クイックルワイパーを代わりにやってもらえばワイパー部分を床に叩きつけて逆にほこりが舞い散るし、掃除機はまだまだ重くてうまく持てない。雑巾がけも濡れた布が気持ち悪いという理由で開始2秒でやめてしまう。
飲み物を入れれば床にこぼれるし、スプーンを持てばすくった食べ物が全て皿に帰っていく。
私はそれをただただ見守る。
大丈夫だ。床が濡れて死ぬ人間はいないし、ご飯が床に落ちたって拾って私が食べればいい。
勿論見ていて「あらら」とは思うが、それでもできるだけ息子が音を上げるまでは手を出さないように心がけている。

自分が思春期だったころを思い出す。
以前書いたが、私の母はかなりの過干渉であった。今もそれなりにではあるが。
母は私の行動を先回りし、私の面倒だと思っている事や楽しみにしている事、やりたいと思っていることを先にやってしまう癖がある。
例えば私の宿題の絵を勝手に描いてしまう。作ろうとしていたケーキのデコレーションが下手だとやり直してしまう。夏休みの宿題を解いてしまう。
相手の「できないだろう事」を勝手に計って、自分の方ができるからと手を出してしまうのだ。

思春期の頃、それが嫌で嫌でたまらなかった。
どうしても自分でやりたいと思っていたのに。これを自分の力でこなせればもっと自信がつくはずだったのにと悔しかった。
多かれ少なかれ、全ての親が子供の行動にブレーキをかけるだろう。それは愛ゆえだということは理解している。

息子が嫌だ嫌だと泣いているとき、思春期の私が重なることがある。
あの頃、折角燃えていたやる気を母からフッと吹き消されたような虚無感や苛立ちに近いものを、きっと息子は私に対して感じているのではないか、と。

わかる、わかるよその気持ち。
やりたいんだよね。失敗したって笑わずに見ていてほしいよね。ああわかる。痛いほどわかるわよ!
だから助けを求めるまでは絶対に見守ってやろうと思った。

やってみるといい。間違えてみるといい。
きっと人間は転ばないと上手に受け身を取る方法を覚えられないから。
まだ人生が始まって1年と11か月。たくさんの「できなかった」や「やってみた」を経験してみるといい。

「イヤイヤ期」きっとこれははるか昔から人類にプログラミングされている成長に絶対に必要なプロセスなのだ。
それってすごい。超動物的で、超大切な事じゃないか。

何度も何度も自分でチャレンジしていくうちに、息子は少しずつできることが増えてきた。
成功率は半々ぐらいだが、クイックルワイパーやコロコロでのほこり取りが上達した(おそらくやっていることの意味は分かっていないのできれいになっているかは別ではあるが)
今日、興味深そうに見ていたのでなんとなくゆで卵にヒビをつけて渡してみたところ、初めての挑戦にもかかわらず小さな手を使いきれいにつるんと卵の殻をむいてしまった。
すごい、すごいじゃないか。
子供は勝手に育っていく。心も身体もだ。それを間近で目撃し続けられるなんて、そんな贅沢な経験ができて心から嬉しい。

子育てに限らず、子供との向き合い方に正解はないと思う。
だが、きっと大切なことは自分が嫌だったことや、してもらってうれしかったことを忘れずに大切に覚えておくことではないだろうか。
そうして相手ができないと初めから決めつけない事。
そうすればきっと丁寧に、大人と子供ではなく人間と人間として向き合っていける気がしている。

いつか子供にできることが増えて、私よりも器用になって、「そんなことも出来ないのかよ」なんて思われる日がくるのだろうか。
そんな日がくればいいな。その時私はきっとこの日々を思い出してニヤニヤ笑ってしまうだろう。

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ライター紹介

原田ちあき
イラストレーター・漫画家・京都芸術大学非常勤講師
誰の心の中にもある、鬱屈とした気持ちをカラフルに描く。

国内外問わず展示やイベントを行い、イラストの枠に収まらずコラボカフェ、アパレルデザイン、映画出演、コラムの執筆、コピーライター、バンドへのゲストボーカルなど活動は多岐にわたる。
誰かに喜んでもらえるなら何でもやりたい。

【連載】
「やはり猫にはかなわない」ソニーミュージック es
「原田ちあきの人生劇場」LINE charmmy
「しぶとい女」大和書房

【著書】
「誰にも見つからずに泣いてる君は優しい」大和書房
「おおげんか」シカク出版
「原田ちあきの挙動不審日記」祥伝社 等

【official】https://cchhiiaakkii8.wixsite.com/chiaki
【blog】http://cchhiiaakkii8.blog.jp
【Instagram】cchhiiaakkii9
【Twitter】@cchhiiaakkii
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