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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第78夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(2021)
『ゴッズ・オウン・カントリー』(2017)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

西部で男が二人で生きていくということ

ペドロ・アルモドバル監督の新作中篇『ストレンジ・ウェイ・オブ・ライフ』(23年)が、7月12日から公開になる。サンローランは映画制作の子会社サンローラン・プロダクションズを立ち上げ、本作は第76回カンヌ国際映画祭でプレミア上映された。今後もデヴィッド・クローネンバーグやジャック・オーディアールといった、錚々たる顔ぶれの監督たちの映画を手掛ける予定だ。衣装はもちろんサンローラン提供で、特に本作のカラフルな衣装は、初期のアルモドバルを思わせるケレン味にあふれていて目に楽しい。

映画の内容は、保安官のジェイク(イーサン・ホーク)と、ガンマンのシルバ(ペドロ・パスカル)の物語だ。それぞれ別の道に進んだが、シルバが町に現れたことで彼らは再会する。二人は25年ぶりという歳月を一気に忘れ、一晩中愛し合う。だが翌朝、ジェイクは保安官として、シルバが突然現れた理由を探り当てようとする……。

愛し合った翌朝のピロートークが生活感にあふれていて、ちょっと照れてしまった。そして(これはアン・リー監督の『ブロークバック・マウンテン』への、アルモドバルからの回答だ!)と思った。しかし後で調べたら、すでにアルモドバル監督自身が、まったく同じことを取材で語っていたので、映画を観れば当然わかることなのだった。『ブロークバック~』の中では「二人の男が西部で何ができるんだ」というセリフがある。『ストレンジ・ウェイ・オブ・ライフ』はその悲観的な判断に対する、アンサーとなっている。個人的には『ストレンジ・ウェイ・オブ・ライフ』を断然支持したい。

ジェーン・カンピオン監督の『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(21年)は、男らしい農場主のフィル(ベネディクト・カンバーバッチ)が、本当のセクシャリティがゲイゆえに、ゲイフォビアな振る舞いをする。自分に自信があれば仲間とも普通にふるまえるはずだが、彼は川での水浴びも一人でするし、ミソジニストで女には嫌がらせばかりする。そして彼に人生哲学や快楽を教えた師、ブロンコ・ヘンリーのことを、亡くなってからもずっと忘れられずにいる。フィルは弟の妻の連れ子を、細身の美青年なので「お嬢ちゃん」と呼び最初は愚弄するが、そのうち常に同伴して牧場の仕事を教え始める。

本作の公開時に俳優のサム・エリオットが、「西部にゲイなんていなかった」「ニュージーランドの女に何がわかる」と批判をした(後に謝罪)。まさにトキシック・マスキュリニティの典型例だ。こういった差別発言が多様なセクシャリティを織りなす人々に、口をつぐませることになる。『ストレンジ・ウェイ・オブ・ライフ』は、こういった偏見で他人の邪魔をする人へのアンサーともなっている。

現代の映画では『ゴッズ・オウン・カントリー』(17年)も、同様のテーマを扱っている。一緒に働いていた父が脳梗塞で半身不随となったため、息子のジョニー(ジョシュ・オコナー)が今は一人で牧場を切り盛りしている。寂しい土地だがゲイはいて、ジョニーは行きずりの相手と寝てストレスや性欲を発散している。

羊の出産シーズンを迎え、ジョニーは季節労働者のゲオルゲ(アレック・セカレアヌ)を雇った。やはりここでも、ジョニーは即座にゲオルゲに惹かれるが、感情をごまかして彼を「ジプシー」と差別用語で呼ぶ。この言葉に怒って、馬乗りになってきたゲオルゲともつれ合ううちに、二人は関係を持つ。差別やゲイフォビアな発言で様子を伺い、殻を割って愛し合うようになるという用心深さが、男性社会の中にはあるようだ。勘を確認するすべがないのは確かにもどかしい。

けれども、難関にぶち当たっては解決し、愛のために乗り越えていく力を持っていて、『ゴッズ・オウン・カントリー』は泣けてしまう映画だ。たぶん、昔の西部にも、うまく二人で暮らした男性たちがいたと思いたい。

 

<オススメの作品>
『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(2021)

『パワー・オブ・ザ・ドッグ』

監督:ジェーン・カンピオン
出演者:ベネディクト・カンバーバッチ/キルスティン・ダンスト/ジェシー・プレモンス/コディ・スミット=マクフィー/トーマシン・マッケンジー

1920年代が舞台なので、モンタナの寂しい土地が舞台ゆえに、実際の時代より古く見えていると思う。フィルの弟ジョージを演じるのはジェシー・プレモンス、妻となるローズ役はキルスティン・ダンストで、実生活の夫婦共演だ。それと、じつはミステリー仕立てになっているのも意外で面白い作品である。

『ゴッズ・オウン・カントリー』(2017)

『ゴッズ・オウン・カントリー』

監督:フランシス・リー
出演者:ジョシュ・オコナー/アレック・セカレアヌ/ジェマ・ジョーンズ/イアン・ハート

西部劇の時代から100年経っても、息子がゲイである現場を目撃すれば父親は動揺してしまう。それは一族の血筋といった問題と関わってくることなので、致し方ない部分もある。ただもはや、我慢して生きるよりは正直に生きて、みんなが幸せになってほしい。我々は家系図の駒ではないのだから。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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