「映画でくつろぐ夜。」 第64夜
知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。
「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」
自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。
■■本日の作品■■
『CURE』(1997年)
『カリスマ』(2000年)
※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。
PERFECT DAYS
試写でヴィム・ヴェンダース監督の『PERFECT DAYS』を観て、ボロボロ泣いてしまった。
役所広司が演じる主人公の平山は、渋谷の公衆トイレの清掃員をしている。住まいは古アパートで風呂はない。なので彼は仕事が終わり次第、近所の風呂屋で一番風呂を浴びる。家風呂より豪勢だ。その後は自転車に乗って浅草に行き、出されたおかずをつまみに安酒をチビチビと楽しむ。ある程度嗜んだら帰宅して、古本の文庫を眠くなるまで読む。そしてまた朝が来るが、一日も同じ天気はなく、ドアを開けて空を見上げるのが喜びだ。彼は世捨て人であり、しかし人生を抱きかかえるように大事に生きている。
映画はとても清潔に撮られていて、不快になるショットは一つもない。そのあたりは観客に対し、とても配慮がされている。ただ、現実は勇気のいる仕事だ。渋谷という場所柄、便器の周囲も当然のように汚れているだろう。女性でも使用済みの生理用品を杜撰に捨てる人はいる。そういった本来なら目にしたくない、臭いも嗅ぎたくないものを片付け、トイレ全体を磨き上げるのが平山の仕事だ。
なぜ彼は自分にその仕事を課して、丁寧にやり遂げるのか、考えてしまう。誰かがやらなければならないから、ということもある。また、何かの贖罪かもしれない。映画内ではもちろん、ヴェンダース監督は「平山の過去についてはあえて説明は避けたい」とのことなので、想像するしかないのだが、なんの重い過去もなければ、この仕事には辿り着かないという気はする。平山は古びたせんべい布団で寝ていて、起床とともに布団を丁寧に畳む。確か、刑務所でもああいった片付け方ではなかったか…、と憶測もするが、真相はわからない。
平山はカセットテープで音楽を聴くのが趣味だ。70年代の曲と、彼が夜明けから朝にかけて車を飛ばす、陽光が変わっていく東京の街が美しい。特に朝焼けの、藍色から燃えるような赤までの天然の色。平山はランチの時間に木漏れ日を撮影するのも好きだ。フィルムのカメラで、揺らめく木の葉に感銘を受けて毎日撮る。また、小さな植物も育てたりしている。
彼の趣味は読書で、古本屋で一冊100円の本を吟味して購入し、毎晩読むのもなんて充実した日々だろう。チラッと写った表紙を見たら、平山は最初、新潮文庫の復刊で出たフォークナーの『野生の棕櫚』を読んでいた。そういう趣味の良さもグッときてしまう。今調べたら、11月21日に中公文庫から『野生の棕櫚』は復刊するようなので、もし未読の方がいればぜひ。たぶん、100円コーナーで選ぶ本は一期一会で、何かわからないけれど惹かれるから買って読むものだろう。でも失敗してもいいし、もし素敵な本と出会ったら震えるほど嬉しい。長らく、本とそういう出会い方をしていない。いつも時間に追い立てられて、読まなければいけない本を、必死に読むばかりだ。この映画のポスターのモチーフにもなっている、平山のように横になって電灯で眠るまで読むという時間を過ごしたい。
この映画によって、役所広司が第76回カンヌ国際映画祭最優秀男優賞を獲ったのは、本当に審査員が素晴らしい。最後の正面から捉えたあの表情を観たら、こんな芝居ができるだろうかと、愕然とする俳優がいるんじゃないかと思う。そのくらい、深みと複雑さとインパクトのある表情で、胸が鷲づかみにされてしまった。
<オススメの作品>
『CURE』(1997年)
『CURE』
監督:黒沢清
出演者:役所広司/萩原聖人/うじきつよし/中川安奈/螢雪次朗/洞口依子/でんでん/大杉漣
黒沢清監督と役所広司(または哀川翔)がタッグを組んだ映画が、何より好きという邦画ファンも多いだろう。今見返すと『CURE』はかなり猟奇的である。そして妻と二人暮らしの刑事(役所)は、妻が心を病んでいるのがストレスとなっている。猟奇殺人は毎回犯人が異なり、その手法は催眠暗示で人を操り、殺人を犯させる心理学が中心となる。このラストが理解できないという人も多いが、観たままであって、無理に理解しなくても良いと思う。
『カリスマ』(2000年)
『カリスマ』
監督:黒沢清
出演者:役所広司/池内博之/大杉漣/洞口依子/戸田昌宏/風吹ジュン
刑事の薮池(役所広司)は、人質と犯人を二人とも死なせてしまう失態を犯し、休暇命令が出る。ある森へ出かけた薮池は、周りの木を枯らしてしまう「カリスマ」という木と、カリスマを守ろうとする人々の対立に出くわす。これはカーペンターの『エスケープ・フロム・L.A.』(96年)だと思う。薮池はスネークで、カリスマも周りの木も全部燃やしてしまうのだ。
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