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「夜読む日記」

私は貯金が好きだ。
というか、幼い頃から「お金が手元にないといけない」という焦燥感に常に支配されていた。

この焦燥感は恐らく、幼い頃親に「うちはお金がないから贅沢はできない」と言われていたことが原因だと思われる。
親からスーパーでほしいお菓子を買ってあげるといってもらった時も一番安いお菓子を手渡すと「お前はお金のかからないいい子だ」と褒めてもらえた為、なんとなく自分に対する買い物は安ければ安いものであるほど賢いという方程式が出来上がっていた。
テレビを見て欲しいと思っていた魔法少女のおもちゃも「高い」だったり「その年齢になってもまだ欲しいのか?」と言われてしまった事があり、以降なんとなく委縮してしまってほしいと言い出せずに「私はそんな子供じみたものは欲しいと思っていませんよ」みたいな顔をして、毎年毎年クリスマスや誕生日を迎えていた。

私が小学校の高学年になる頃までは我が家は並に、不自由なく暮らしていたように記憶している。
「うちにはお金がない~は」子供がお金を使いすぎないために親がかけていた脅しだったのだと思うが、私はそれをかなり真に受け「うちには全くお金がないんだ」と思い込み、それを恐れて親に欲しいおもちゃやお菓子をねだることができず「おもちゃやお菓子など、将来使わなくなったり食べたらなくなるものを欲しがることは愚かなことだ」と考えていた。

お小遣は貰っていたが欲しいものを買うということはとても大人で贅沢なことだと思い込んでいたため、もらったお金のほとんどを一丁前にも貯金(当時はタンスの中にお金を貯めていた)に回していた。
が、小学生の時に一度だけ友達と近所のゲームセンターに行った際、あまりの楽しさに我を忘れ、生まれて初めて1000円という大金を使ってしまった事がある。

今思い返すと「何を1000円ぐらいで…」とは思うが、当時の私は先述したとおり自分で自分の欲しいものを買うことがほとんどなかったため、恥ずかしながら1000円の価値がいまいちわかっておらず、なんだか高価そうな紙のお金を一枚失った挙句、ゲームセンターで何も得られなかった事に絶望し、申し訳なさのあまり家に帰ることができなくなってしまった。

約二十ウン年前、当時では珍しく携帯電話を持たせてもらっていた私はその場で母親に電話をして涙ながらに懺悔した。母親も母親で一人っ子だった私を躾けることにかなり熱心になっており、ここは一発怒ってやろうと思ったのだろう。
「うちにはお金がないからお前の使った1000円でわが家は傾く」と謎の嘘を交えて私を怒り、それを聞いた私は震え上がった。
私のせいで一家が破滅に追い込まれしまうのだ…。私が1000円を使ってしまったばかりに…なんて軽率だったのだろう…。友達とゲームセンターなんかに行くべきではなかったのだ。
今更後悔したって1000円は返ってこない。私が犯人です。一家を破滅に追いやったのはこの私なのです!誰か私を裁いてください!!

その日は衝撃と罪悪感で晩御飯をほとんど食べずに布団に入ったことを覚えている。私は罪人(つみびと)。私程度のものにかける晩御飯代など不要だと思ったのだ。
ただ作ってもらったご飯に関しては食べない方がコスパが悪い。そういう事すらわからないほど当時の私はアホだった。

以降、私はいよいよ本格的に自分のためにお金を使うことが怖くなってしまったまま青春時代を過ごした。
服や文房具や下着は母親が買い与えてくれたものをそのまま使用していたし、学校の備品もバイト代で購入するたびにいちいち母親に許可を得ていた。(今考えると母親もよく毎回確認をしていたものだと思う。)

そして決定打となったのが高校3年生の頃、父親が事業で失敗し自己破産。それまで持ち家として住んでいた家が無くなるという不思議現象を経験し、いよいよ「お金が無くなる」という事への恐怖に脳が支配された。
とにかく何に対してもお金をかけるのが怖かったので、高校卒業後は絶対に貯金額(とはいっても微々たるものであったが)を減らしてはならないというルールの元生活していた。
服や化粧などにも興味はあったが、そんなものにお金を使っている余裕はないと興味のないふりをしながら生活を続け、髪は鬱陶しいな~と思うぐらいの長さになるたびに家にあった裁ちばさみで切ったりしていた。
進学もしなかった。年相応の趣味も特にない。自分自身にお金をかけるのが怖いからである。
とにかく私は自分に対して何か投資をすると、ばちが当たる気がしてとても怖かったのだ。

23歳から仕事を辞めてフリーランスのイラストレーターとして働き始め、さらに不安が加速した。
休むことが怖くて朝から晩まで絵を描き続けた。
絵が下手くそな私は人の何倍も努力しないといけないと思ったし、とにかくお金を稼がなければならない。何に使うかはわからないが、とにかくお金を稼ごうと思った。
23歳、遊び盛りである。友達が遊びに誘ってくれたりなどしたがそのほとんどを断って絵を描き続けた。
安定した収入を得られないまま実家にいることが申し訳なくて、ご飯を食べられなくなり、体重が35キロまで落ちてしまった。

そんな私に転機が訪れたのは確か26歳の頃。
小学生の頃からの友達が誘ってくれて、久々に遊びに出かけた。
友達は私を百貨店のデパコス売り場へ連れて行ってくれたのだが、いままでプチプラの化粧品しか使ったことのなかった私は目玉をひん剥いた。
リップが5000円する…!パウダーが1万円を超えている…!

友達はそれを、それはそれは嬉しそうに次々と購入していく…
すごい…昔は一緒になって永久にごっこ遊びをしていたのに、こんなに立派なレディになったのか…!まるで大人みたいじゃないか!!
私はかなり気が小さいため、その場では友達を見守ることしかできなかったが、キラキラの化粧品が小さな頃に欲しかったけど言い出せなかった魔法少女のおもちゃとかさなり、後日一人で百貨店に出向きリップクリームをビクビクしながら購入した。
帰宅後「やってしまった、お金を使ってしまった。」という気持ちになりはしたが、それ以上に自分の欲しかったものを自分に買ってあげられたことがとても嬉しかったことを覚えている。

仕事中、机の上にあるリップクリームをみてニヤけたり「頑張ろう」と気合を入れてみたり。
見るたびにとても嬉しくなったし、とてもとても大切に使った。
まるで小さな頃の自分の気持ちが昇華されたように思えた。
自分の欲しいと思ったものを、自分の稼いだお金で買うってなんて素晴らしいことなのだろう。
当たり前のことに気づくのに随分と時間がかかってしまった。

思えば私はお金に関する認識を根本的に間違えていた。
お金はあればあるほどいいに越したことはないが、「お金=幸せ」ではないのだ。
お金が幸せを運んでくることはない。お金はあくまでも幸せになる事を手助けしてくれるアイテムに過ぎないのだ。

貯金する事はもちろん大切だが、この年齢になるまでお金を貯めた先に何があるのかにまで考えは及んでいなかった。
テレビやネットで成功をした人を見て羨ましくなる事こそあったが、例えば自分自身が億万長者になって大豪邸やタワーマンションに住みたいか?と考えると「私は別に住まなくてもいいかな」と思うし、ブランド品で身を固めたいかと考えると「安い服でも充分楽しめる」と思う。
別にタワマンやブランドを否定するわけではない。意地を張っているわけでもない。あくまで私の幸せには必要のないものなのだ。

私が本当にしてみたい生活ってなんだろう。
自立して、小さくてもいいから自分の帰れる場所を作りたい。壁はできれば好きな色に塗ってみたい。
犬や猫を飼っていて、好きな人と楽しく暮らせたらいいな。休日には友達も呼びたい。
家電や家具は贅沢しなくても自分の可愛いと思ったもので揃えたい。
たまにご馳走を食べて「今日は贅沢をしたな」と思いながら眠れたらいい。

それを叶えるための、守るためのお金なのだ。
勘違いをしていた。自分を幸せにしたところで誰が私にバチを与えるのだろう。
お金は自分で自分を幸せにするために、自分が自分の白馬の王子様になるためにあるのだ。
お金を使わなくても工夫をして生きてはいけるが、我慢をしすぎると自分の人生を楽しめなくなってしまうのだとやっと気づいた。

お金は使ってもいい。罪じゃない。わかっているけど当たり前のことが難しい。
もうこれは私に染み付いてしまった考え方の癖なのだろう。
癖を治すことはなかなか難しいが、これからはできるだけ自分を縛りつけずに、自分で自分を幸せなところに連れて行ってあげる事を頑張っていきたいと思っている。
自分の本当に欲しいものを知っているのは自分だけなのだから。

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ライター紹介

原田ちあき
イラストレーター・漫画家・京都芸術大学非常勤講師
誰の心の中にもある、鬱屈とした気持ちをカラフルに描く。

国内外問わず展示やイベントを行い、イラストの枠に収まらずコラボカフェ、アパレルデザイン、映画出演、コラムの執筆、コピーライター、バンドへのゲストボーカルなど活動は多岐にわたる。
誰かに喜んでもらえるなら何でもやりたい。

【連載】
「やはり猫にはかなわない」ソニーミュージック es
「原田ちあきの人生劇場」LINE charmmy
「しぶとい女」大和書房

【著書】
「誰にも見つからずに泣いてる君は優しい」大和書房
「おおげんか」シカク出版
「原田ちあきの挙動不審日記」祥伝社 等

【official】https://cchhiiaakkii8.wixsite.com/chiaki
【blog】http://cchhiiaakkii8.blog.jp
【Instagram】cchhiiaakkii9
【Twitter】@cchhiiaakkii
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