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「夜読む日記」

思えば逃げてばかりの人生を過ごしている。

幼少期…は書くと長くなってしまうので、中学時代から話そうと思う。
私は当時クラスで2~3番目ぐらいに絵のうまい女だった。
それ以外は特にこれといった特徴もなく、運動神経がいいわけでも、勉強が特別できるわけでもなかった。
将来の夢も別にない。だから高校を選ぶときにかなり苦悩した。
別に何にもなりたくないので、どの高校に入ればいいかわからない。
スイスイ進路を決めるクラスメイト達を見て、「嘘でしょ…?みんなそんなに将来なりたいものが決まっているものなの…?」と焦ったことをよく覚えている。
一方なんの夢も持っていなかった私は、地元のギャルたちがこぞって受験していた地元で一番制服が可愛い高校に行こうと思っていた。理由はみんながいいと言っていたから。ただそれだけである。そこに自我などは一切なかった。

そんな時に美術の先生に呼び出され「原田はここに行った方がいいと思う」と美術の専門高校のパンフレットを手渡された。
「美術う~?まあ確かに私は絵がうまいけど…別に何かを作って生活したいわけじゃないしなあ?」「まあ体験入学ぐらいは行ってもいいか~」などとこの世の全てをナメちらかしたことを考えつつ、相変わらずヘラヘラ過ごしていたところ、進路を決める最終アンケートの直前にその先生が亡くなってしまった。
突然だった。くも膜下出血だと説明された。
先生の事を考えれば考えるほど先生の言うことを適当に聞いていた自分が恥ずかしくなり、私は進路希望用紙に先生の進めてくれた高校の名前を書いて提出した。
一見いい話に見えるかもしれないが、今考えるとこの「先生が言ってたから」に完全に乗っかる形で進路を決めたのだ。やはり私には自我などなく、流されるままに受験先を決定したことになる。

無事高校に合格した私は「中学時代はクラスで2~3番目に絵がうまかった私!」「ゆえにあの先生が進めてくれた高校に入ることのできた私!」という謎の万能感に満たされ、鼻高々で高校に入学したのだが、入学式でその伸びきった鼻っ柱を折られることになる。
入学式のその日、皆担任の話を聞かずに各々の机にデッサン用の鉛筆で落書きをし始めたのだ。
その絵の上手いこと上手いこと…まさに衝撃であった。
そう、私は「○○さんが言っていたから~」や、「先生が勧めてくれたから~」を基準に学校を選んだが、この子たちは明確に意思を持ち「何かを作りたくてこの学校に入った」のだ。
だから暇があればみんな絵を描く。そんな情熱を持った人々にペラペラな状態で生きてきた私の作品のクオリティが敵うはずもなく、私は入学初日にして「美術でご飯を食べるなんて夢を見るのはやめよう」とあきらめてしまった。人生初の大きな挫折だったと思う。

しかし折角高校に入ったからには青春を謳歌したい。
だがこの学校にいる限り作品制作で褒められることは決してないと思った私は、あっさり美術の道を捨てて演劇部に入ることになる。
そして3年間演劇に打ち込み、あっという間にまたまた訪れた進路調査。
ややこしくなるので割愛するがこの頃わが家の家族関係はほぼ崩壊状態にあり、金銭面の理由で進学することができそうになかった。
私は中学時代からまだまだ成長していなかった為、「進路決め、苦手なんだよね~!!!!!」と、進学しなくていい理由が自分以外にあるなら乗っからない手はなかった。
この頃まだまだ勘違いの真っ最中で、今度は「自分に演劇の才能がある」と思い込んでおり、おまけになぜか自分を面白人間と評価していたため「大学に行けないならお笑い芸人になるわ!」と学年で唯一進路希望表に養成所の名前を書きこみ提出した。今思い返すとある意味面白人間だったのかもしれない。悪い意味でだ。

高校を卒業し、適当にアルバイトをしながら養成所に入ることになった私は、人生で2度目の挫折を味わうことになる。
お察しの通り高校入学と全く同じ理由だ。
私はなんとなく養成所に入ったが周りは本気なのだ。当然情熱で敵うわけがない。
私はここでも自分の鼻をへし折られ、2年ほどかけて自分の才能のなさを痛感し、養成所を去った。

養成所をやめた私はただのフリーターになった。
私は働くことすら向いておらず、いろいろなバイトを転々とした。
歯科助手、本屋のレジ、深夜のパン工場…
どれもこれも長続きはしなかった。

この頃私は20歳。適当に人生を考え、逃げに逃げて20年。相変わらず中学時代から人間的にほぼ成長していなかった。この時変わったことといえば、生まれて初めての彼氏ができ、これ幸いと険悪な状態の実家から逃げ出して彼の家に転がり込んだことぐらいだ。
彼はバンドマン。年上で初めての彼氏…私はメロメロになり「絶対彼のお嫁さんになるんだモン(^_-)-☆」とバイトをやめ、彼のバンドのアートワークを手伝ったり、彼の家でこれまでのフリーター生活で蓄えた貯金を切り崩しながらダラダラと生活を続けていた。
そんな私の状態を知ってか知らずか、ある日高校の同級生から「大学で展示会を主宰することになったから何か作って展示してよ」と誘ってもらい、私は遊びのつもりで小さな絵本を描いて出展した。
展示期間中、ほぼ無職として生きていた私は暇を持て余しほぼ毎日ギャラリーに通ったのだが、自分の予想と反して絵本にたくさんの反応をもらうことができた。
それがもうたまらなくうれしく、この展示をきっかけに少しずつ絵の楽しさを思い出し、ギャラリーに通い絵を発表するようになった。楽しさを思い出した…というよりかは現実逃避をしていたのかもしれない。
これといって特技もなく、バイトもうまくいかず、家族仲がいいわけでもない。
楽な方向に逃げていることはわかっていたが、自分のいいところをなかなか見つけることができず、落ちに落ちた自己肯定感を「まあまあ得意」な絵で補おうとしていたのかもしれない。

ただ絵だけでは食っていけるわけでもなかったので、彼がコールセンターで働きつつ夢を追っていたのを見て、私も真似して別のコールセンターで働くことにした。
「お嫁さんになるんだモン(^_-)-☆」と張り切って付き合っていた彼とはその後すぐに別れてしまったが、このバイトは自分にかなり合っており、バイトをしては辞め、しては辞めしていた私が、なんと3年間も務めることができた。
天職だと思った。マジで天職に巡り合えたと思った。
業務内容は主にクレーム電話の対応だったのだが「怒っている人の話を真剣に聞いて解決に導く」という作業が楽しく、それはもう毎日ウキウキで仕事に通っていた。

そんな中、また別の高校時代の友達から「旅行したいので私のやっている店を1か月住み込みで預かってほしい」という相談を受け、コールセンターの上司に相談したところ「うちは派遣だから1か月休むとかはできない」「代わりにいったん退職して、1か月後また入社するとかがいいかも!」と言ってもらうことができ、私は軽い気持ちでコールセンターを退職した。

当時23歳だった私は、実はここからコールセンターに復職していない。
1か月友達の店を預かっている間、その店内で個展をしたのだが、ラッキーな事に当時の私では考えられないほどの人たちに絵を見てもらい、さらには作品を購入してもらうことができたのだ。
これがダメになったらコールセンターに戻ろう、という考えの元、さらに1か月…もう1か月…とイラストを描き続けている間に32歳になってしまった。

私は将来「イラストレーターに絶対になりたい!」と思いイラストを描き始めたわけではないが、今では「イラストレーターであり続けたいな」と思っている。
将来なりたいものが定まっていなくても、とりあえずできそうなこと、やれそうなことをあれこれやって、合わなければやめてを繰り返すことが、案外夢を見つける道につながるのかもしれない。
一度失敗したって絶望することなんてないし、一旦戻れる場所を用意してから挑戦することだって全然間違いなんかではないのだ。

挫折ってこれまでの経験が0になることではない。
現に私は高校に行っていなかったら絵の基礎を習う事なんておそらく一生なかっただろうし、今も別に特別におしゃべりが上手なわけではないが、演劇をしていなかったら仕事でイベントに登壇するときにもっともっと何も話せなかっただろう。
初めての彼氏がバンドマンじゃなかったら、イラストを使って誰かのグッズを作るなんて考えもしなかったかも。
バイトの一つ一つだって、ふとした瞬間に役に立ったり、誰かと話すときに知識として話題を広げてくれたりする。
経験ってパッチワークみたいなもので、挫折も成功も一切無駄にならずに繋げて一つにするものなんじゃないかなと思っている。
一つ一つのつなぎ合わせた端切れの模様が違うからこそ、人はそれぞれ人生の形や特技が違ってくる。
布を見つけてくるスピードも、縫うスピードも人それぞれだからなりたいものがわかるタイミングなんてばらばらで当然。

私はこれからも、できるだけいろんなことに挑戦をして、失敗したり成功したりしながら人生の端切れを増やしていきたいと思っている。
きっとどれも素晴らしいかけらになって、自分の人生を助けてくれるピースになっていくはずだ。

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ライター紹介

原田ちあき
イラストレーター・漫画家・京都芸術大学非常勤講師
誰の心の中にもある、鬱屈とした気持ちをカラフルに描く。

国内外問わず展示やイベントを行い、イラストの枠に収まらずコラボカフェ、アパレルデザイン、映画出演、コラムの執筆、コピーライター、バンドへのゲストボーカルなど活動は多岐にわたる。
誰かに喜んでもらえるなら何でもやりたい。

【連載】
「やはり猫にはかなわない」ソニーミュージック es
「原田ちあきの人生劇場」LINE charmmy
「しぶとい女」大和書房

【著書】
「誰にも見つからずに泣いてる君は優しい」大和書房
「おおげんか」シカク出版
「原田ちあきの挙動不審日記」祥伝社 等

【official】https://cchhiiaakkii8.wixsite.com/chiaki
【blog】http://cchhiiaakkii8.blog.jp
【Instagram】cchhiiaakkii9
【Twitter】@cchhiiaakkii
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