「断片的回顧録ふたたび」
ここに書き起こしておかないと忘れてしまいそうな、日々の可笑しみと哀しみとその間のこと全部
8月10日
J-WAVE『BEFORE DAWN』のナビゲーターの仕事を始めて四ヶ月が経った。深夜ラジオ好きだった者として、J-WAVEの深夜を担当できることは、この上ない喜びで、心からありがたいと思っている。ただ、心からありがたいと思っているのに、毎週とんでもなくカロリーを消費してヘロヘロになってしまう。スタッフの方々がことごとく良い人たちで、なんら不満はない。番組に届くメールも、温かい内容のものばかり。なのに異様に緊張して、終わるとそのまま気絶するようにタクシーで渋谷の仕事場まで帰る。そして気絶したまま、ソファまでたどり着くと、そのまま朝まで寝てしまうこともしばしば。新しい仕事に慣れるまで、異様に時間がかかる性質を直したいが、きっと無理なので、騙し騙し頑張るしかない。
8月12日
上野アメヤ横丁に数年ぶりに来た。たまった原稿をやるために、上野のビジネスホテルをとって、夕飯を食べに中華『昇龍』へ。専門学校が入谷にあったので、その頃からよく食べに来ていた店。この店の餃子はとにかくデカい。久しぶりで、あまりに腹が減っていたので、餃子6つとザーサイ、それにライスも付けた。餃子が大きすぎて横に並ばない。漫画のようにモグモグ食べていたら、店員さんに「お兄ちゃん、そんなにうまいか」と笑われた。「お兄ちゃん」と呼ばれるには、少々、年を取り過ぎた気がしないでもない。ただ、そんなところも含めて嬉しい店、それが中華『昇龍』だ。
8月13日
台風が近づいている。結局、原稿はさほど進まず、もう一日ビジネスホテルを取った。ガラス窓にダダダダと雨が降りかかる音がする。救急車のサイレンが遠くで鳴っている。明日は晴れるんだろうか。
8月14日
台風は過ぎ去って、すっかり晴れた。上野の中華『昇龍』へまた行ってしまった。一度、行き出すと飽きるまで繰り返す癖がどうしても治らない。できれば、「まーまー好き」くらいでキープしておきたいのに、徹底的に通いつめて、あっという間に飽きてしまう。ここから中華『昇龍』へ行くペースは抑えていきたい。夜には身体に悪いと知りながら、ラーメン『摩天楼』に行ってしまった。自分の中で、ジャンクフードブームが来てしまったみたいだ。最初はほんの出来心だった。知り合いのライターが先週、「ひさびさにコーラを買ってみました〜」と目の前にトンと置いたところから始まった。数年ぶりにコーラを飲んでみたら、これが、もうべらぼうに美味い。さらにそのライターが「美味しく食べられるときに、美味しいものは食べておかないと損ですよ。俺なんかもう、カルビほとんど食えないですからね」と説得力しかない忠告を受けたのもダメ押しになった。それからポテトチップス、ラーメン、餃子によっちゃんイカと、ジャンクフード祭りを毎日開催している。ことごとく欲望に弱い人間だ。
8月16日
連日の報道やネットのニュースを見て、とあるネットワークビジネスにのめり込んで連絡が取れなくなってしまった友人を思い出した。
彼は「いまから五年後には、日本国民の半数以上が、この製品を使うことになるんだ。だからいまから一緒にがんばろうよ!」と、喫茶室ルノアールで熱弁をふるっていた。
彼は真面目な人間で、散財するのは中古レコードくらいの男だった。そんな彼が突然豹変して、周りからどんどん孤立していく姿を見て、悲しかった。彼の両親から連絡があって、「連絡が取れないから高田馬場の部屋を見て来てほしい」と言われたのが、もう六年も前になる。高田馬場の比較的きれいなアパートに夜に行ってみると、部屋に電気がついていた。チャイムを鳴らすと、フッと灯りが消え、いくら呼びかけても返事は返ってこなかった。その場で電話をかけたが、出る様子はない。ただ、扉の向こうから、小さく呼び出し音がずっと聞こえていた。彼が「日本国民の半数以上が……」といってから、五年どころか六年が経った。もちろん日本国民の半数が使うような製品にはなっていない。彼のそれからの動向もまったくわからない。年老いた彼の母親から一度、「あのときは、部屋まで行ってくれてありがとうね」と電話をもらったことがあった。彼とは音信不通だと、彼の母親からそのときに聞いた。彼から借りっぱなしになってしまったレコードが二枚ある。いつか返せる日が来るのだろうか。
8月18日
また中華『昇龍』に行ってしまった(小声)。