樹の恵本舗 株式会社 中村 樹の恵本舗 株式会社 中村
MENU CLOSE
「おつかれ。今日の私。」ジェーン・スー

「おつかれ、今日の私。」vol.11

東京生まれの日本人。
現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」のMCを務める人気コラムニストで作詞家、プロデューサーのジェーン・スーが、毎日を過ごす女性たちに向けて書き下ろすエッセイです。

おつかれ、今日の私。 vol.11

気づいたら、仕事場の床で気絶するように寝ていたことが何度かある。一昨日もそうだった。どう寝転んだかすら記憶があやふやで、時計を見ると1時間以上経過していた。疲れってすごい。人間の動きを、ピタッと止めることができる。

人の動きは、意外と簡単に止まる。心に不調をきたし、仕事を長く休んだことがある友達が、私には何人かいる。そういうときは、再び会える気力体力が相手に戻ってくるのを、待つともなく待つ。3か月だったり半年だったり1年以上だったり、人によってまちまちだ。時間が経てば、たいていどちらからともなく「会おう」となることが多い。

会うと決まったはいいが、いつまで経っても待ち合わせ場所に現れず、すっぽかされたこともある。最初は驚いたけれど、いまでは慣れっこだ。腹も立たない。最初にすっぽかしてくれた友達には、感謝している。それくらい疲れることが人にはあるんだって、私に教えてくれたから。会いたいという気持ちに嘘がないのは、相手の人となりからわかっている。

私の友達は、みな運がいいのだろう。十分に休んだあと、ほとんどが元の暮らしに戻っていった。まったく同じ場所ではないけれど、働きながら生活をするのに、なんら問題がない場所を見つけ、平和に暮らしている。だから、私はそんなに心配していないのだ、あなたのことを。気掛かりではあるけれど、闇雲に不安になるほどではないの。

月に一度くらい集まれるようになったのは、ここ半年だっけ。あ、そんなでもないか。たしか、冬のあいだは具合が悪くて来られないときもあったもんね。3ヶ月くらいかな。去年よりずっと肌艶がいいと思うよ。散歩なんかに出たりはするの? お酒の量は増えてない? 夜は眠れてる? ごめんね、うるさく言っちゃって。

この間、駅の改札に吸い込まれるサラリーマンを見て、「あれが本来のあるべき姿だな」なんてボソッと言ってたね。スーツを着て働いていたこと、あなた一度もないのに。スーツ軍団がうらやむほどカジュアルな服装で、都内を颯爽と車移動していたじゃない。毎日同じ時間に電車に乗るスーツ軍団にだって、悩みはあるよ。あっちが一生正解、こっちが一生不正解ってことはないし。いまのあなたの優先順位第一位は、疲れが取れるまでじっくり休むこと。

焦る気持ちもわかるから、話は聞くよ。同じことの繰り返しだってかまわない。失恋したときの私と比べちゃ申し訳ないけど、同じ話を何度もしなきゃいられないときってあるよね。まあ、いまはそういうときなんだと思う。気が向いたら声掛けてよ。こっちも掛けるし。また石川さんの店で集まろうよ。うん、少人数で。いま大変な時期だから、互助会みたいなもんだね。

子連れの家族を眺めながら、「誰かのためになら頑張れるのに」って、あなたは言う。うん、そうだね。人のために頑張れる人だよね。でもいまは、「誰かのために」の時期じゃないかもしれない。自分のために頑張って休むのもアリじゃない? 社会にはいろんな福祉システムがあるから、当面はなんとかなるよ。ほかの友達はそうだった。意外といるんだよ、たくさん。私が休むことになったら、そのとき助けてよ。ははは、眠そうだね。じゃあお疲れ! 気を付けて帰ってね。いいって、いいって。気にしないで!

友達を乗せた電車がホームから発車したのを見届け、私も家路についた。「自分ばかりを責めないで」を別の言葉で伝えられなかったのが悔やまれる。もっと社会や時代や家族のせいにすればいいのに。「ありがとう」とすぐLINEが届く。これだけ早く送ってこられるようになったなんて、たいしたもんだよ。

愛情を持って「あいつダメだなぁ」と言う人がいる。私は「ダメなところもあるなぁ」と言い直す。それなら誰もがそうだから。あいつの場合、陰で徳を積む生真面目さが、今回は裏目に出ただけだ。

暗いトンネルの真っ只中にいる人に、掛けられる言葉は限られている。そう教えてくれたのも、最初に待ち合わせをすっぽかしてくれた友達だ。いまは元気に暮らしているが、当時、私は励ますつもりで、追い詰めるような言葉を投げかけていたに違いない。本当に申し訳なかった。

いまの私にできることは、トンネルの出口で待つ時間をたまに作ること。ずーっと待っているとうっとうしいから。時折、「お~い、生きてるか?」なんて声を掛ける。トンネルの出口に誰かがいると、うっすら伝われば私はそれでいい。

Writer Writer
ライター紹介
ジェーン・スー
コラムニスト/ラジオパーソナリティ/作詞家
東京生まれ、東京育ちの日本人。
現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」(月〜金11:00〜)のパーソナリティを担当。
毎日新聞、婦人公論、AERAなどで数多くの連載を持つ。
2013年に発売された初の書籍『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』(ポプラ社)は発売されると同時にたちまちベストセラーとなり、La La TVにてドラマ化された。
2014年に発売された2作目の著書『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』は、第31回講談社エッセイ賞を受賞。

その他の著書に『女の甲冑、着たり脱いだり毎日が戦なり。』(文藝春秋)、『今夜もカネで解決だ』(朝日新聞出版)、『生きるとか死ぬとか父親とか』(新潮社)、『私がオバさんになったよ』(幻冬舎)、脳科学者・中野信子氏との共著『女に生まれてモヤってる!』(小学館)がある

最新著書『これでもいいのだ』(中央公論新社)が発売中。
【特設サイト】https://www.chuko.co.jp/special/janesu/
【twitter】:@janesu112


イラスト:Ayumi Nishimura
大学在学中よりイラストレーターとしての活動を開始。
2016年〜2018年にはニューヨークに在住。
帰国後も現地での経験を作風に取り入れ、活動を続けている。
【Instagram】:_a_y_u_m_1_/
【official】ayuminishimura.com/

一覧へ戻る