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「おつかれ。今日の私。」ジェーン・スー

「おつかれ、今日の私。」vol.9

東京生まれの日本人。
現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」のMCを務める人気コラムニストで作詞家、プロデューサーのジェーン・スーが、毎日を過ごす女性たちに向けて書き下ろすエッセイです。

おつかれ、今日の私。 vol.9

ほどよく筋肉がついた、スタイル抜群のトレーナーがまっすぐ私を見て言った。

「なりたい自分をイメージしてください」

あ、それ言う? キラキラ笑顔の圧に押されて思わず視線を外し、私はちょっと斜め上を向いて思案する。大丈夫、これはYouTubeの筋トレ動画だから、どれだけ彼女を待たせたって失礼はない。けれど、いつまで経っても頭のなかにはなにも浮かんでこなかった。ねえ、「なりたい自分」ってなに。

容姿を超えた魅力がどうのこうのという美しい話は、一旦脇に置いておこう。もっと視覚的な話だ。私はいくつになっても「なりたい自分」がわからない。「この人、スタイルいいな」とか「あのメイク、よく似合ってる」とか「その髪型、素敵だわ」とか「あのワンピース、彼女をとっても魅力的に見せてる」とか、人のことならわかるのだ。お節介にもほどがあるが、「もうちょっと肉付きがいいほうが、私は好きだったな」とか「ショートヘアもいけるのでは?」なんてことも思う。よっぽど仲がよくない限り、本人には伝えないけれど。

問題は自分だ。頭のてっぺんからつま先まで、全身を姿見に映してみる。「腹の肉がスゴい」「背中の肉もマズい」「尻が途方もなく大きい」「二の腕がまるで足」。ウフフフフ。グッと鏡に近づいてみれば、今度は口角の周りの肉がモチャついてきたのがハッキリ目視できた。ここでガクンと落ち込まなくなったのは、ありのままの自分を拒絶しないで生きるために行った、日々の訓練のおかげ。果たしてそれは、良いことだったのだろうか。部分部分の課題は冷静に受け止められるのに、それぞれが解消された統合体が、まったくビジュアライズできない。

筋トレに加え、(何十回目かの)ダイエットを始めてから数か月が経った。もはや趣味と言ってもいい。当社比として見れば、マシになってきたのは事実。ゆっくり体重も落ちてきて、毎日清々しく生活できる。食事がつらいなんてこともない。駅の階段だって、前よりずっと楽に登れる。現状の成果にはおおむね満足しているのだ。ただ、私はふと思ってしまう。「私はどこに向かってるんだっけ?」と。この鏡にどんな私が映ったら、自分が満足するのかよくわからない。

私は「理想の〇〇」を視覚化するのがとても苦手だ。理想の体型、理想の人生、理想の住まい、理想の伴侶。テレビでよく見る、理想の上司だって誰一人思い浮かばない。「このなかで、どれが好きですか?」と尋ねられればなんとか答えられるけれど、ゼロから理想を生み出す能力が著しく欠如している。コスプレに近い擬態なら、楽しんでできる。けれど、素材を活かしてバージョンアップするイメージがどうしても湧いてこない。

ほとんどのことがそうだけれど、こと視覚的なイシューに関しては、「理想の〇〇」が絵でイメージできる人のほうが圧倒的に強い。メイクが上手な人は、眉山をどこに据えるか1mmの変化にも敏感だ。去年の冬、私は珍しく口紅に夢中になった。プチプラをメインに、赤茶色のリップを何本も買いそろえた。とても楽しかったけれど、結局どの一本が自分にいちばん似合っていたのかは、わからず仕舞いだった。

なんでこうなるのか、私はうすうす気づいている。視覚的な結果よりも、行動の変化に価値をおいているからです。自分を好きになる方法なら、私はいくらでも知っているのに。できなかったことができるようになったり、得意なことで人から褒められたりすればいいだけだから。やみくもに頑張れば、できるようになるんじゃあないのよ。できそうなことを、褒められそうな場所でやる。都合のいいところに自分を移動させるのがコツよ。

ありのままの自分を適度に受け入れる方法を知ると、心はたいてい平和でいられる。理想と現実の乖離に傷付くこともなくなる。だけど、これでいいんだっけ? 

「なりたい自分」を「足りない自分」から導き出すのは、自己否定へまっしぐらで危険極まりない。そうではない方法を、私はなんとか見つけ出したいのだ。スマホを手に取り、どこへ向かっているのかもわからぬまま、「ようしやるぞ」と、ぴったりしたジムウエアを着た自分の写真を加工アプリでいじってみた。「足りないところ」ではなく、「余分なところ」を削除する作戦です。

丹念に削り出すと、確かに加工後の私は見映えがする。でもねえ、これだあれ? 「なりたい自分」ってこれだっけ? 私らしさの欠片もないこの女が、理想の私とは、どうしても思えなかった。

念のため画像を保存して、私は目をつぶった。相変わらず頭のなかにはなにも浮かんでこない(振り出しに戻る)。

Writer Writer
ライター紹介
ジェーン・スー
コラムニスト/ラジオパーソナリティ/作詞家
東京生まれ、東京育ちの日本人。
現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」(月〜金11:00〜)のパーソナリティを担当。
毎日新聞、婦人公論、AERAなどで数多くの連載を持つ。
2013年に発売された初の書籍『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』(ポプラ社)は発売されると同時にたちまちベストセラーとなり、La La TVにてドラマ化された。
2014年に発売された2作目の著書『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』は、第31回講談社エッセイ賞を受賞。

その他の著書に『女の甲冑、着たり脱いだり毎日が戦なり。』(文藝春秋)、『今夜もカネで解決だ』(朝日新聞出版)、『生きるとか死ぬとか父親とか』(新潮社)、『私がオバさんになったよ』(幻冬舎)、脳科学者・中野信子氏との共著『女に生まれてモヤってる!』(小学館)がある

最新著書『これでもいいのだ』(中央公論新社)が発売中。
【特設サイト】https://www.chuko.co.jp/special/janesu/
【twitter】:@janesu112


イラスト:Ayumi Nishimura
大学在学中よりイラストレーターとしての活動を開始。
2016年〜2018年にはニューヨークに在住。
帰国後も現地での経験を作風に取り入れ、活動を続けている。
【Instagram】:_a_y_u_m_1_/
【official】ayuminishimura.com/

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