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「おつかれ。今日の私。」ジェーン・スー

「おつかれ、今日の私。」vol.7

東京生まれの日本人。
現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」のMCを務める人気コラムニストで作詞家、プロデューサーのジェーン・スーが、毎日を過ごす女性たちに向けて書き下ろすエッセイです。

おつかれ、今日の私。 vol.7

「なんのために生きてるのか、もうわかりません」
大好きな人と別れたばかりの彼女が、憔悴しきった顔で絞り出すように言った。ここのところ揉めまくってると聞いていたし、さほど驚きはない。連絡が途絶えがちになったあたりから、彼女も十分覚悟していたはずだ。それでも、悲しくてやりきれなくなるのが失恋ってもんだ。

ノースリーブの黒いタートルネックが誰よりも似合っているというのに、その上に乗っかった彼女の顔はめちゃめちゃだ。長いまつげに縁取られた大きな瞳は真っ赤っか。まぶたはブヨブヨに腫れている。肌も唇も荒れ放題だし、髪に艶もない。ああ、こりゃ明日の朝が大変だ。ただでさえ落ち込んでいるというのに、鏡を見てまた落ち込まなければならないのだから。

なんのために生きているかわからない? そりゃそうだよ。だって、あなたのことを一番好きでいてくれた人が、ほかの人のところへ去ってしまったのだから。恋人のために生きてきたわけではないだろうけれど、パートナーの存在が、ここ数年のあなたを「この場所にいてもいいんだよ」と肯定し続けてくれていたことは確かだもの。振り返れば必ずそこにいた人がいなくなったら、なんのために生きているのかわからなくなって当然。大丈夫、ちっともおかしくなんかない。

このまま一生添い遂げると信じていた相手と別れた彼女は、ついこのあいだ28歳になったばかりだ。なのに、自分では「もう28歳なのに」と思ってる。わかる。私にもそんな時期があったから。だけど人生は思ったよりずっと長くて、しかも同じことを繰り返す仕組みになってるみたい。私なんか、まだリハーサル気分だよ。お棺に足を突っ込む瞬間こそが、本番なのかもしれないと思うほどに。

なんのために生きているか? は、あまりにも大きな問いだ。禅問答の域に入るレベルで。まあ、心身ともに健康なときは、そんなこと考えもしないのだけど。

振り返ると、なんのために生きるかなんて大それたことを考える時、私はいつも自分の存在価値がわからなくなっていた。朝が来たら起き、食べて、働いて、排せつして寝ることを繰り返す意義なんか、どこにもない。楽しくもないのに、私はなぜそんなことを繰り返すのか、と。「私は私」と常に胸を張れるほど、私は強くなかった。

周囲が私を好ましく思うかどうかなんて、自分にはまったくコントロールできないってことは、手痛い失敗を繰り返してわかった。だから、私を低く見積もる人たちに囲まれたら、さっさと退散することにした。私のことを「いいね」と言ってくれる人たちのところへ移動するために。基本的には、放っておいたら生き続けてしまうのが私。だったら、居心地の悪いのはごめん。嫌いな人と以上に、嫌いな自分と一緒にいるのは、苦痛以外のなにものでもない。

いつからか、「なんのために生きるか?」という壮大な問いへの私の答えは「自分のことを好きでいるため」になった。好きになるために長生きするのではなくて、どうせ明日も明後日も生きちゃうんだから、自分を好きでいるほうが心地よい。もし突然、命を失うようなことになっても、自分のことを好きなままでこの世を去りたい。

よって、あなたのことをもう愛さない相手と離れるのは、大正解なのだ。悲しい気持ちは手に取るようにわかるけれど、人の心は縄でくくれない。これからは、どんな自分が心地よいかを、多少ナルシスティックになってもいいから考えるといい。ただし、「こういう自分じゃないと認められない」って考え方には要注意。それって、自己否定でしかないからね。

……というようなことを、さめざめと泣きながら同じ話を繰り返す彼女の前で考えていた。いまはなにを言ってもひとつも耳に入らないことは、私がよく知っている。ぽっかり空いた穴になにを詰めるかは、これからゆっくり考えればいい。

道端に生えた雑草を見ても恋人を思い出してしまう時期は、そう長くは続かない。いまは連想ゲームの答えがすべて失った恋に繋がってしまうけれど、時間が解決してくれるから大丈夫。大恋愛からの大失恋に、心からのお疲れさまを。あなたは本当によく頑張った。

Writer Writer
ライター紹介
ジェーン・スー
コラムニスト/ラジオパーソナリティ/作詞家
東京生まれ、東京育ちの日本人。
現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」(月〜金11:00〜)のパーソナリティを担当。
毎日新聞、婦人公論、AERAなどで数多くの連載を持つ。
2013年に発売された初の書籍『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』(ポプラ社)は発売されると同時にたちまちベストセラーとなり、La La TVにてドラマ化された。
2014年に発売された2作目の著書『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』は、第31回講談社エッセイ賞を受賞。

その他の著書に『女の甲冑、着たり脱いだり毎日が戦なり。』(文藝春秋)、『今夜もカネで解決だ』(朝日新聞出版)、『生きるとか死ぬとか父親とか』(新潮社)、『私がオバさんになったよ』(幻冬舎)、脳科学者・中野信子氏との共著『女に生まれてモヤってる!』(小学館)がある

最新著書『これでもいいのだ』(中央公論新社)が発売中。
【特設サイト】https://www.chuko.co.jp/special/janesu/
【twitter】:@janesu112


イラスト:Ayumi Nishimura
大学在学中よりイラストレーターとしての活動を開始。
2016年〜2018年にはニューヨークに在住。
帰国後も現地での経験を作風に取り入れ、活動を続けている。
【Instagram】:_a_y_u_m_1_/
【official】ayuminishimura.com/

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