散歩 this way -10-
得難い世界観で溢れる音と歌詞が、音楽ファンから注目を集めているシンガーソングライター/詩人の柴田聡子が綴るエッセイ。
テーマは趣味であるという「散歩」。本人が実際に撮影した写真とともにお楽しみください。
「春待ち散歩」
朝、いつものように散歩に出かけるのにあったかいコートを羽織り、耳あて付きの帽子を被る。寒いからね。さっき玄関近くを通ったら床ひえひえだったからね。あーさむさむ、とドアを出て、うーさむさむ、と道に出て、おーさむさむ、と早歩きで暖をとっていると、あれ、暑くないか!?これは春が近い!と思う。
ひなたに出ると日差しがちりちりこちらを焼いてくる。じりじりの結構手前。暑さの兆しがじわじわ感じられる。厚着した服が急にごわごわぐずぐずしてきてコートのなかでうっとおしい。ようやく身軽になれるんだなあ。なんかからだが1.2倍くらいになってない?ぱんぱんな感じがする。春で細胞がよろこんでいる?からだが私なんかよりちゃんと春を嗅ぎつけていちはやく準備している?植物のように増えたり爆発したりする?むくんでるだけ?いずれにせよ、水を感じる。春だ。
耳あて付きの帽子の耳あて部分が暑い。頭上に上げてパチンと留める。じわっと汗ばんだ首に風があたってひんやりする。日陰に入ると一気に冬に戻る。ぶるっと震えてまた耳あてを下ろす。しかし「風邪ひくかも」よりも「気持ちよかったな」が勝ってくる。確実に春が近づいている。それだけで強気になってくる。
鼻水もとまらない。目もかゆい。花粉も飛び始めている。やっぱり飛ぶよね。飛んでくれないと困るしね。こんなに規則正しく毎年飛んでくれることがすごい。この時期の散歩にティッシュは必須。忘れたら?それは袖で……。それか手の甲とか……。手の方が洗ったらすぐとれるからすこし気が楽。向かいから人が来ない時に素早くやる。両手の手のひらと手の甲で4回はチャンスあるか……。鍵を開けるのに片方の手のひらは残しておきたいから3回か……。安心してください……がんばって限界まですすっています。
マスクをしたくないなあ。寒さが暑さを包んで、暑さが寒さを抜け出して、そういう時のさむざむとして澄んでいながら、生き物や植物がうごめきはじめたことでむわむわと漂ってくる雑味みたいなものがある荒々しい空気をいっぱい吸って、「春だなあ」と呟きたい。我慢できずにたまにやると帰宅してから鼻がずびずびするけれども後悔はない。
おうおう、角を走って曲がってきた小学生がTシャツだ。こちらは冬の習慣で今日も腰あたりにミニホッカイロを貼り付けているというのに。うらやましい。日が暮れてくる前にこの子が帰宅できますように。パーカーとか、あの子なにも持ってなかったぞ。おせっかいか。その昔、寒さを心配してくれた人々のきもちがよくわかるようになってきた。
ここから先、春が来るまでの晴れてあたたかい日はなるべく街に出て歩き回る。去年くらいにはじめて気づいたのだけれど、そういう日の街は、「春か!?」といきおいづき、「いけるか!?」という期待を込めてコートを脱ぎ捨て、思い思いの思い切り方の薄着で繰り出した人々の活気で満たされている。太陽の光を求めてみんな出てくる。すごく春を感じてたのしい。こころなしか笑っている人も多いように思える。声も大きい気がする。それで自分自身もわいわいと盛り上がってくる。やっぱりまだだったかと肩をすくめながら寒そうにしている人を見て、でも、春を感じて、春を始めてしまったから、コートにはもう戻れないですよね!とこころの中で話しかける。
とはいえ夜はまだまだ寒い。雨が降った気配はないのに濡れた木のかおりがする。確実に水が増えてきている。どこから噴き出ているのだろう。春が近い。



