散歩 this way -08-
得難い世界観で溢れる音と歌詞が、音楽ファンから注目を集めているシンガーソングライター/詩人の柴田聡子が綴るエッセイ。
テーマは趣味であるという「散歩」。本人が実際に撮影した写真とともにお楽しみください。
「歩道橋散歩」
この一年、かかりつけの内科で、毎度のように「疲れがとれなくて」と相談していた。疲れが取れなくても明日はやってきて……なんとかやっていきつつ……ユンケルを覚え……それで元気になってびっくりして……そして冬が来て……ワンマンライブを終えて少し落ち着くと……からだがほんとうに疲れて、体調不良!!とぼとぼと内科まで歩いていく。
この頃よくやってくるどころでなくやってくる私に医師が、ちから抜きましょう、リラックスしましょう、休みましょう、詰めすぎないようにしましょう、散歩しましょう、運動しましょう、ストレス解消しましょう、といつもより多めに解決策を伝えてくれる。はい……できていません……はい……あ、散歩、好きですしめっちゃ歩いてます……なのになぜストレスが解消しないのでしょうか……ライブじゃ運動にならないですかね……?などと己の情けなさにうつむきつつじんわり沁みつつぼやきつつ聞いていると、最後に「柴田さんには歩道橋がいいですよ。結構気分変わりますよ」と言ってくれた。歩道橋かあ。同じくやってきまくる私を心配してくれる薬局で薬をもらって歩いて帰る。そういえばわりと近くに歩道橋があるな。
その後、その歩道橋をめがけて散歩しにでかけた。歩道橋にあがる階段下まで来て、うわー、つらそう!と思って一気に面倒くさくなってしまった。いやいや、私は心身の疲労をとりたいのだ。せっかくもらったアドバイス、実行してみないなんて、と気合を入れ直し、こういうメンタリティを来年はやめる!なにげなく歩道橋をのぼる!とまた意気込んで階段を登り始めた。しみついた癖が簡単にとれない!
歩道橋の階段ってすべりどめっぽい感覚があり、段も少し低いし、あとなんだかちょっとななめになっている感じがして、気をつけないとコケそう。
かんたんに息が上がる。歌を歌っているくせに心肺機能が弱い!これは運動にならないはずだよ。受け入れろ自分の現状を……。いや、そういう修行風マインドをもうやめよう。これ、何度繰り返しているんだろう?疲れている時はぽーんとこころをどこかに投げておけばいいのに!またちからが入る。そして気をつけて抜く。慣れない。
ふぅふぅのぼりきって空中を伸びていく通路に来た。ああ、風がちがう、と立ち止まって風を感じる。息が上がると風への感受性が鋭くなる。立ち止まっていると邪魔になる。歩道橋を使う人って結構いるんだ。みんな階段をのぼるのが嫌で嫌で仕方がないだろうと勝手に思っていたけれども、それは自分だけかもな。邪魔にならないように歩き始める。
おおお、ぐらぐらする。下を走る車のエネルギーが伝わってきて歩道橋がけっこう揺れる。こんなに揺れる!?ってくらい揺れる。揺れながら眼下にひろがる景色を眺めてみる。シャーシャーとさまざまな車が走っていく。ビルの屋上から見るとか、ベランダから見るとはまたちがう、立っているところがまあまあ細いのものあって、360度からだが解放されつつ、下半身は守られている感覚。もしかして気球にも乗ってみたらいいんじゃないかな。しばらくブンブンと走る車を見つづけていた。
小学校への通学路にも歩道橋があって、なぜかこどもは横断歩道をあんまり渡ってはいけないというお達しがあったので素直に歩道橋を使っていた。1年生のころ、同じクラスの子とよくいっしょに帰っていた。そしてその子はクラスのクイズ王だった。だから帰り道、ずっとクイズを出してくれるのだ。ひとつクイズを出してくれるとこっちもひとつクイズを出す、という平等なシステムだったけれども、クイズ王の前で私のクイズのひきだしはいつも在庫不足で悲鳴をあげていたが夢中でたのしかった。歩道橋を一段飛ばしで登りながら、クイズの回答を考え、クイズを考え、いつの間にかのぼってくだって道路に戻っていた。体力が無限だったな。疲れたなんて考えたことがなかった。あの子は今どうしているだろうか。車が絶えることはないなーと、川を見るように車の流れを見ていた。



