散歩 this way　-07-

得難い世界観で溢れる音と歌詞が、音楽ファンから注目を集めているシンガーソングライター/詩人の柴田聡子が綴るエッセイ。
テーマは趣味であるという「散歩」。本人が実際に撮影した写真とともにお楽しみください。

「夢の朝散歩」

　え！もう23時23分！？明日こそは夢の早朝散歩をしようと思っていたのに。もうだめだ。ぜったいに無理だ。でもひとつやりたいことが出来上がって気分がいいからいいんだ。夜はたのしいよな。作りかけの曲の断片を聞いて作り始めたり、掃除を始めたり、冷凍ご飯を仕込んだりして……。

　ということで翌日、「朝」が来た。たとえ日がかたむいていても、日が沈んで何時間経ったかわからない暗闇であっても、おやすみと言って眠っておはようと起きた私にとって今は「朝」なのだ。尊敬する叶恭子さんが言っていた。「ここが夜でもどこかは朝」といった旨のことを。胸を張ってシャッとカーテンを開ける。私は私の朝散歩へ、行く！

　トイレ、歯磨き、水を飲む、など特筆すべき点もないモーニングルーティーンをこなし、いや、私は玄関を毎日拭いている、これはけっこう特殊なのではないでしょうか？震え上がるほど嫌なことがあってあらゆる運気上げを試みていた頃の名残のそういう習慣もちょこちょこやって、伸びをして、まだくたびれていないスウェットを履き、寒くなってきたのでパーカーにアノラックをかぶり、寝癖をキャップで包み込み出発。顔はあとで洗います。晴れでも雨でも太陽は照っていてすごいと思う。この光すら永遠ではないことを思ってゴクリと息をのんでみたりもするけれど、生きているうちは燃え尽きないし、と楽になる方をいつも選んでしまう。

　歩きながら、成長したなあと思う。朝散歩をはじめた２年前、朝イチで外に出た姿の自認は、無計画にぼさっと起きてきた裸の三年寝太郎であった。そこに加えて自意識過剰であった。さんさんとした太陽の光とすでに動き出した街と人々の視線が怠惰な人間にきびしく向かってくると勝手に妄想して、隠れるようにこそこそと細い道をうつむいて歩いていた。今は自意識もやや薄れて、キャップとまだくたびれていないスウェットを身につける技も覚えたので、もし万が一だれかの視界に入って一瞬思いを巡らされたとしても、運動がてら歩いてるのかな、コンビニでも行くのかな、というくらいで終わらせられる自信がある。キャップは自分のためでなく、他人のためにかぶるものだと学んだ。寝起きの顔は独特にワイルドで見応えがありすぎる。人をびっくりさせる要素がある。

　どこかの木から落ちたみかんや柿を塀の上に置いておく人がいるんだよな。秋だな。

　最近の起床時間は8時から10時のあいだが多くなってきた。数年かけてほんのちょっとずつ早くなっている。理想の朝散歩の時間帯は、夏なら5時くらい、冬なら6時くらい。空が明るくなってきて、新聞配達のバイクがみじかくエンジンをふかして走っては止まるを繰り返す音がしてくるあの時間帯。そんな時間に起き上がって散歩に出られたら。ここ何年かの私の夢は早朝に散歩することとポテチを食べすぎないこと。ポテチはいつのまにか夢が叶ってほどほどになった。ということはいつのまにかいよいよ早朝散歩もかなってくれるのでは。

　先日お会いした方が「運動はしていない、運動をしているイメージをしている」と言っていてなんだか感動してしまった。それで健康を保っていた。その方向性でやってみようかな。早朝散歩をせずに、早朝散歩するイメージをする。もういっぱい人が起きているけれども、世界に自分しかいないようなしんとした静けさのイメージをする。そうしていたら夢は叶う気がする。

　いつものルートを歩いていく。この道はいろんなところがかわるがわるずっと工事をしている。警備の方がていねいに導いてくれる。15分くらい歩いたらその日の気分の場所できびすを返す。たまに背後に人がいてばったり向き合ってぎょっとさせてしまう。忘れ物をした人、急に用事を思い出した人などを慌てて演じている。黙々と歩いて帰宅。イメージの中ではきっと今は6時半時くらい。どうしてこんなに午前中なんだろう！という歓喜のイメージを強めて、極力時計は見ないようにして今日を始める。